柳原天神社 - 神社ファン

有名度

前頭

柳原天神社

やなぎはらてんじんじゃ

兵庫県神戸市兵庫区東柳原町1−12

兵庫県神戸市兵庫区東柳原町1−12

拝殿

910MolT(wikipedia CC 表示 3.0)

かんたんご利益

  • 学業
  • 家庭
柳原天神社には

「学業・技芸系」「家庭系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

学業成就 夫婦円満 技芸上達

御祭神

主祭神

菅原道真公 すがわらのみちざねこう

配祀神

天之菩卑能命 あめのほひのみこと

配祀神

野見宿禰命 のみのすくねのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

天満・天神系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

柳原天神社は兵庫県神戸市兵庫区に鎮座する神社。御祭神は菅原道真公、天之菩卑能命、野見宿禰命の3柱をまつる。
社格は旧村社。
昌泰4年(901年)、菅原道真が筑紫へ向かう途中、暴風雨を避けて和田岬に滞在したと伝えられる。そのゆかりの地に大宰府安楽寺廟所から分霊を迎えて祀ったのが社の起源とされる。伝承を含む由緒ではあるが、柳原天神社が道真ゆかりの天神社として長く認識されてきたことを示している。
その後、延喜5年(905年)6月、里人が道真の遺徳をしのんで梅林を開き、小祠を建てたと伝えられる。仁安2年(1167年)には太宰府安楽寺の菅公廟から分霊を迎えたとされ、中世には時宗と関わりを持ち、他阿が満福寺を建立し、明治維新まで僧侶が奉仕したという。さらに寿永年間(1182年-1183年)には平忠度が天神画像を奉納し、延元元年(1336年)には新田義貞が武運長久を祈って刀を奉納したと伝えられるなど、武家や寺院との関係を重ねながら信仰を集めてきた。
明治初年の神仏判然令により神道の社として独立した後も、柳原天神社は地域の信仰の中で受け継がれた。しかし昭和20年(1945年)3月の神戸大空襲により社殿は全焼し、大きな被害を受けた。現在の社殿は昭和33年(1958年)に再建されたものである。
祭礼は毎年1月・7月・10月の25日に行われ、継続的な信仰の場となっている。また、柳原天神社は兵庫七福神めぐりにおいて布袋和尚としても知られ、地域の巡拝文化の一端を担っている。
  • 村社
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神社詳細

摂末社・境内社

境内社 愛宕神社・三宝神社
祭神不明
境内社 白龍稲荷神社
祭神不明

例祭

初天神 1月25日
夏祭 7月25日
秋祭 10月25日

文化財

情報募集

建築

情報募集

神紋

情報募集

出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%B3%E5%8E%9F%E5%A4%A9%E7%A5%9E%E7%A4%BE
兵庫県神社庁
https://www.hyogo-jinjacho.com/