柿本神社 兵庫県 - 神社ファン

有名度

前頭上位

柿本神社

かきのもとじんじゃ

兵庫県明石市人丸町1−26

😞 🙁 😐 🙂 😄

兵庫県明石市人丸町1−26

拝殿

663highland(wikipedia CC 表示 2.5)

柿本神社以外にも 人丸神社 人丸さん とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 学業
  • 子供
  • 安全
柿本神社には

「学業・技芸系(有名)」「子供系(有名)」「安全系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

学問 安産 火災除 夫婦和合

御祭神

柿本人麿公 かきのもとのひとまろこう

神社系統

この神社の主な系統は

人丸系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

柿本神社は兵庫県明石市に鎮座する神社。御祭神は柿本人麿公の1柱をまつる。
社格は旧県社。
柿本神社につながる人麿信仰の歴史は平安時代にさかのぼる。月照寺の寺伝では、811年(弘仁2年)、空海が明石の岡、現在の明石城跡に湖南山餘鵜楊柳寺を創建した。887年(仁和3年)、楊柳寺の覚証和尚が大和の柿本山広安寺から柿本人麿の念持仏と伝わる船乗十一面観世音を勧請し、奥の院に奉祀した。その後、寺号を月照寺と改めた。
柿本人麿は『万葉集』に明石を詠んだ歌を残しており、明石では古くから人麿にまつわる信仰が伝えられてきた。
江戸時代初期、明石の岡一帯に明石城が築かれることになった。1620年(元和6年)、明石城主の小笠原忠政は柿本人麿を崇敬し、明石に人麿を祀った。1621年(元和7年)の明石築城により従来の境内が城地となり、1622年(元和8年)には人丸社と月照寺が現在地へ移った。現在の柿本神社は、人丸山と呼ばれる高台に鎮座している。
1664年(寛文4年)、明石藩主松平信之は「播州明石浦柿本大夫祠堂碑」を建立した。碑文は江戸幕府の儒官で大学頭を務めた林春斎が撰し、柿本人麿の伝記が漢文で刻まれている。同碑は亀形の台座に載り、上部には双龍の彫刻が施されており、1973年(昭和48年)2月2日に明石市指定有形文化財となった。
江戸時代には朝廷から和歌も奉納された。後桜町天皇が詠んだ45葉の短冊を収めた「後桜町天皇宸翰短籍」と、仁孝天皇の歌を含む49葉を収めた「仁孝天皇宸翰及一座短籍」が柿本神社に伝来している。両資料は1901年(明治34年)に旧国宝に指定され、1950年(昭和25年)の文化財保護法施行後は重要文化財となった。
柿本人麿の命日とされる旧暦3月18日にちなみ、現在は4月第2日曜日に例祭が行われる。当日は神輿が境内や地域を巡る。
  • 県社
スポンサーリンク

神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

末社 天神社
菅原道真公
末社 三宝荒神社
竈神
末社 五社稲荷社
稲荷大神

例祭

歳旦祭 1月1日
五社稲荷神社例祭 2月初午
勧学祭 4月1日
柿本神社春季例祭 4月第2日曜
柿本神社秋季除火大祭 10月18日
和歌献詠祭 春秋2回

文化財

後桜町天皇宸翰短籍(45葉)
国 重要文化財
書跡 明治34年8月2日指定
仁孝天皇宸翰及一座短籍(49葉)
国 重要文化財
書跡 明治34年8月2日指定
播州明石浦柿本大夫祠堂碑1基
明石市 指定文化財
文化財種別不明 昭和48年2月2日指定
絵馬「森狙仙筆 猿の図」1面
明石市 指定文化財
文化財種別不明 昭和52年2月10日指定
石造狛犬1対
明石市 指定文化財
文化財種別不明 昭和58年3月31日指定

建築

本殿 一間社流造銅板葺

神紋

情報募集

出典
公式サイト
http://www.kakinomoto-jinja.or.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%BF%E6%9C%AC%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E6%98%8E%E7%9F%B3%E5%B8%82)
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
明石市
https://www.city.akashi.lg.jp/bunka/b_shinkou_ka/kanko-bunka/bunkazai/shitei.html
兵庫県神社庁
https://www.hyogo-jinjacho.com/