大練塀・常夜灯型道標 | 西宮神社 - 神社ファン

有名度

関脇

西宮神社

にしのみやじんじゃ

兵庫県西宮市社家町1−17

😞 🙁 😐 🙂 😄

大練塀・常夜灯型道標

更新日:2026年11月7日

日本三大練塀に数えられる大練塀

西宮神社の表大門(赤門)の左右から境内の東側、南側へと続く「大練塀」は、全長約247mに及ぶ歴史ある土塀です。京都市の三十三間堂に残る「太閤塀」、名古屋市の熱田神宮にある「信長塀」とともに「日本三大練塀」の一つに数えられ、西宮神社を代表する歴史的建造物となっています。
西宮神社 大練塀
大練塀がいつ築かれたのか、正確な年代は明らかになっていません。しかし1950(昭和25)年に行われた大修理の際、塀の内部から宋銭などが発見されたことから、室町時代には築かれていたと考えられています。表大門が豊臣秀頼によって寄進されたと伝わる桃山時代よりも古い可能性があり、西宮神社の長い歴史を現在に伝える貴重な遺構です。
練塀とは、土などを突き固めながら築いた厚みのある塀のことで、大練塀は境内を囲うように長く連なっています。上部には瓦屋根が設けられ、長い土塀と瓦が続く景観は、鮮やかな朱色の表大門とはまた異なる趣があります。1938(昭和13)年7月4日には国の重要文化財に指定されました。
西宮神社 修復された大練塀
1995(平成7)年の阪神・淡路大震災では、西宮神社も大きな被害を受けました。大練塀も一部が倒壊する被害に遭いましたが、その後修復されています。長い年月の中で修理を重ねながら受け継がれ、現在も西宮神社の境内を囲う歴史的な景観の一部となっています。
スポンサーリンク

赤門前に残る江戸時代の道標

表大門の前には、石造りの「常夜灯型道標」が建っています。1799(寛政11)年に世話人によって建立されたもので、花崗岩を用いた常夜灯と道標を兼ねた造りになっています。現在とは位置が異なり、かつては道を挟んだ向かい側に建っていたと伝えられています。道標には「西宮大神宮 左 京都大阪 道」「右 兵庫はり満 道」と刻まれています。「はり満」は播磨を指し、西宮から京都・大阪方面、兵庫・播磨方面へ向かう道を示していました。現在のような道路標識や地図が整備されていなかった時代、西宮を行き交う人々に進む方向を知らせていたものです。
西宮神社 常夜灯型道標
国の重要文化財の大練塀と表大門、そして江戸時代の道標が残る一帯は、西宮神社の境内だけでなく、かつて多くの人々が往来した西宮の歴史も感じられる場所となっています。

この記事を0人の方がいいねといっています



スポンサーリンク

西宮神社の人気記事