杜本神社 羽曳野市 - 神社ファン

有名度

前頭

杜本神社

もりもとじんじゃ

大阪府羽曳野市駒ヶ谷64

大阪府羽曳野市駒ヶ谷64

拝殿

Saigen Jiro(wikipedia CC0)

かんたんご利益

  • 厄除
  • 勝負
杜本神社には

「厄除・開運系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

必勝祈願 開運招福 諸災厄除け

御祭神

經津主命 ふつぬしのみこと
經津主姫命 ふつぬしひめみこと

神社系統

この神社の主な系統は

香取系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

杜本神社は大阪府羽曳野市に鎮座する神社。御祭神は經津主命、經津主姫命の2柱をまつる。
社格は名神大社(論社)であり、旧村社。
創建年代は明らかではないが、社伝では崇神天皇の頃、伊波別命が祖神である經津主神を祀ったことに始まると伝えられている。一方で、平安初期には百済宿袮永継およびその祖先である飛鳥戸氏を祀った神社であったとする説もあり、祭神や成立事情には複数の伝承が残る。
平安時代には名神大社に列し、月次祭や新嘗祭に際して奉幣を受けるなど、朝廷の祭祀体系の中で重要な位置を占めた。仁寿3年には蔵寮幣使による勅願祭が行われ、貞観元年には神階の進叙と神宝奉幣が記録されており、古くから朝廷との結びつきが深い神社であったことがうかがえる。
中世には神仏習合のもとで神宮寺・金剛輪寺が営まれ、社僧による祭祀が続いたが、天正年間の織田信長による高屋城攻めの兵火によって社殿や宝物を失い、さらに豊臣秀吉の時代には所領を没収されて衰退した。その後、江戸時代に金剛輪寺の住職・覚峰によって再興が進められ、社勢は再び整えられた。明治初年の神仏分離により金剛輪寺は廃され、神社は村社として存続することとなった。
本殿は流造で、境内には本殿前左右に一対の隼人石が残る。獣頭人身像を刻んだ特徴的な石造物であり、境内を象徴する遺物の一つである。また、後醍醐天皇・後村上天皇の書状が伝えられており、古社としての歴史を今に伝えている。祭礼は春が4月8日、秋が10月7日・8日に行われる。
  • 村社
  • 名神大社(論社)
スポンサーリンク

神社詳細

摂末社・境内社

情報募集

例祭

情報募集

文化財

情報募集

建築

情報募集

神紋

情報募集

出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%9C%E6%9C%AC%E7%A5%9E%E7%A4%BE
大阪府神社庁
https://www.osaka-jinjacho.jp/