有名度
関脇大鳥大社
おおとりたいしゃ
大阪府堺市西区鳳北町1-1-2
平清盛歌碑
更新日:2026年7月20日
平清盛が戦勝を祈願した歌碑
表参道から拝殿を過ぎ、東門へ向かう途中には、平清盛が詠んだと伝わる歌を刻んだ自然石の歌碑があります。歴史上の大きな転換点となった平治の乱にまつわる逸話を今に伝える歌碑であり、大鳥大社を代表する歴史スポットの一つです。1159年(平治元年)12月、平清盛は嫡男・平重盛とともに熊野詣のため熊野街道を進んでいました。しかし、その途中で京都では源義朝と藤原信頼による平治の乱が起こったとの急報が届きます。清盛は熊野参詣を中断して都へ引き返すことを決断し、その途中、大鳥大社に立ち寄って戦勝を祈願したと伝えられています。このとき、愛馬「飛鹿毛(とびかげ)」を奉納し、一首の和歌を残しました。
かひこぞよ かへりはてなば 飛びかけり
はぐくみたてよ 大鳥の神
歌碑の文字は、文人・画家・儒学者として知られる富岡鉄斎による揮毫です。富岡鉄斎は明治初年に大鳥大社の宮司を務めたことでも知られ、歴史と文化の両面から大鳥大社と深い縁を持つ人物です。

その後、平清盛は京都へ戻り、平治の乱に勝利して平氏政権を確立しました。この逸話は、大鳥大社が古くから武家の信仰を集めてきたことを物語るエピソードの一つとして語り継がれています。現在でも勝運や開運を願う参拝者が多く訪れますが、その背景には、このような歴史や伝承が受け継がれてきたこともあるのでしょう。
参拝の際は歌碑の前に立ち、平治の乱という歴史の転換点に思いを馳せてみてください。静かな境内の一角に建つ自然石の歌碑は、約900年前の武将たちの祈りを今も静かに伝えています。
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