与謝野晶子歌碑 | 大鳥大社 - 神社ファン

有名度

関脇

大鳥大社

おおとりたいしゃ

大阪府堺市西区鳳北町1-1-2

😞 🙁 😐 🙂 😄

与謝野晶子歌碑

更新日:2026年7月20日

堺が生んだ歌人与謝野晶子の歌碑

表参道から拝殿へ向かう途中、手水舎の向かいには、堺市出身の歌人与謝野晶子の歌碑が建っています。2006年(平成18年)12月7日、与謝野晶子の誕生日に建立されたもので、大鳥大社ゆかりの文学碑として多くの参拝者が足を止める場所です。
歌碑には、

和泉なる わがうぶすなの 大鳥の
宮居のすぎの 青きひとむら

と刻まれています。この歌は1914年(大正3年)に『時事新報』へ掲載されたもので、36歳の与謝野晶子が、生まれ育った堺と大鳥大社への思いを詠んだ作品です。
与謝野晶子歌碑
与謝野晶子は堺の老舗和菓子店「駿河屋」に生まれ、幼い頃から大鳥大社を崇敬して育ちました。歌に詠まれた「宮居のすぎの 青きひとむら」は、境内に広がる豊かな社叢を表現したもので、青々と茂る杉木立に神聖な気配を感じた晶子の心情が込められています。現在も境内には豊かな緑が広がり、歌に詠まれた情景を思い浮かべながら散策することで、100年以上前に晶子が見つめた大鳥大社の風景に思いを重ねることができます。
歌碑の文字は、大阪市出身の小説家・田辺聖子氏による揮毫です。堺出身の与謝野晶子と大阪市出身の田辺聖子という、大阪を代表する二人の女性文学者によって受け継がれた文学碑となっています。与謝野晶子は旧姓を「鳳」といい、結婚前は鳳志ようの名で知られていました。『みだれ髪』で知られる歌人となった後も故郷・堺への深い愛情を持ち続け、その思いは大鳥大社を詠んだこの一首にも表れています。

歌は文学作品を鑑賞するだけでなく、与謝野晶子と大鳥大社との深いつながりを知ることができる見どころの一つです。参拝の際は歌碑の前で足を止め、歌に詠まれた境内の風景を眺めながら、故郷を愛した歌人のまなざしに思いを馳せてみてください。100年以上の時を経た今も、変わらず受け継がれる社叢の美しさと静かな空気を感じることができるでしょう。

この記事を0人の方がいいねといっています



スポンサーリンク

大鳥大社の人気記事