拝殿・本殿・御祭神・ご利益・御神木 | 石切劔箭神社 - 神社ファン

有名度

関脇

石切劔箭神社

いしきりつるぎやじんじゃ

大阪府東大阪市東石切町1-1-1

😞 🙁 😐 🙂 😄

拝殿・本殿・御祭神・ご利益・御神木

更新日:2026年9月9日

国登録有形文化財の拝殿・本殿

お百度参りの参拝者が行き交う境内の正面に、石切劔箭神社の拝殿と本殿が鎮座しています。
現在の本殿、拝殿及び幣殿は昭和6年(1931)に造営され、翌昭和7年(1932)に御遷座が執り行われました。設計を手掛けたのは、奈良県技師として寺社建築の保存修理などに携わった吉田種次郎です。
拝殿は入母屋造、銅板葺で、正面に千鳥破風を据え、その前に向唐破風造の向拝を設けています。本殿との間には幣殿が延び、全体ではT字形の平面となっています。
舟肘木や挿肘木、木鼻に施された拳鼻や大仏様風の繰形など、細部まで意匠が凝らされているのも特徴です。
石切剣箭神社 拝殿 斜め
本殿は高い基壇上に建つ三間社流造、銅板葺の社殿です。正面には千鳥破風と軒唐破風を設け、組物などには中世の寺社建築を思わせる意匠が取り入れられています。
本殿の両妻面には、六角形を組み合わせた亀甲紋の雨除が設けられているのも特徴です。
石切剣箭神社 本殿
本殿と拝殿・幣殿を囲むのが透塀です。上部を連子窓とした銅板葺の塀で、拝殿の背面から本殿の両脇を囲むように延びています。
令和7年(2025)3月13日、本殿、拝殿及び幣殿、透塀は国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。本殿と拝殿及び幣殿は「造形の規範となっているもの」、透塀は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」として評価されています。
石切剣箭神社 透塀
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旧本殿は現在の上之社へ

現在の本殿が造営される以前に使われていた旧本殿も、場所を変えて残されています。
昭和7年(1932)の御遷座に伴って旧本殿は解体されましたが、そのまま失われたのではなく保存されました。その後、昭和47年(1972)に上之社が再興された際、上之社の本殿として再建されています。
現在の御本社と上之社を参拝すれば、昭和初期の造営によって役目を終えた旧本殿と、その後に建てられた現在の本殿の両方を見ることができます。
石切劔箭神社の上之社 本殿

御祭神・ご利益

本殿には、饒速日尊(にぎはやひのみこと)と、その御子である可美真手命(うましまでのみこと)が祀られています。
2柱は物部氏の祖神とされ、石切劔箭神社では「石切大明神」とも称されています。
社号の「石切劔箭」は、御祭神の御神威が強固な岩をも切り裂き、貫き通すほど偉大であることを表したものです。こうした御神威への信仰から、石切劔箭神社は「石切さん」と親しまれ、病気平癒を願う人々から篤い信仰を集めています。
石切剣箭神社 本殿裏

樹齢約470年の御神木

拝殿に向かって左手前には、石切劔箭神社の御神木である大きなクスノキがそびえています。
樹齢は約470年とされ、長い年月にわたって石切劔箭神社の境内を見守ってきた古木です。太い幹から大きく枝を広げる姿は存在感があり、拝殿・本殿とともに見ておきたい場所の一つです。
このクスノキは、昭和49年(1974)3月25日に「石切劔箭神社のくす」として東大阪市の天然記念物に指定されました。
国登録有形文化財となった本殿や拝殿のすぐ前に、市指定天然記念物の御神木が立っており、石切劔箭神社が歩んできた歴史を社殿と自然の両方から感じられる場所となっています。
御神木

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