五社明神社と神武天皇の石を祀る神武社 | 石切劔箭神社 - 神社ファン

有名度

関脇

石切劔箭神社

いしきりつるぎやじんじゃ

大阪府東大阪市東石切町1-1-1

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五社明神社と神武天皇の石を祀る神武社

更新日:2026年9月9日

5柱の神々を祀る五社明神社

三の鳥居をくぐった右手には、石切劔箭神社の摂社である五社明神社(ごしゃみょうじんしゃ)が鎮座しています。
御祭神は恵比須大神、大国主大神、住吉大神、稲荷大神、八幡大神の5柱。社名も、この5柱の神々を祀ることに由来します。
五社明神 鳥居と社殿
恵比須大神は商売繁盛や大漁、大国主大神は国土経営や縁結び、住吉大神は海上安全、稲荷大神は五穀豊穣や商売繁盛、八幡大神は国家鎮護や武運の神として広く信仰されてきました。
五社明神社では、こうした神々を合わせて祀り、商売繁盛、大漁成就、五穀豊穣、産業隆盛などの信仰を集めています。特に商売を営む人々から篤く崇敬されているお社です。
毎年5月2日には例祭が斎行されます。
五社明神 社殿前
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神武天皇が蹴り上げた石を祀る神武社

五社明神社の隣には、石切劔箭神社の末社である神武社(じんむしゃ)が鎮座しています。
御祭神は初代天皇とされる神武天皇、神倭磐余彦尊(かむやまといわれひこのみこと)です。
神武社で特に注目したいのが、御霊代として祀られている石です。
神武社 鳥居と社殿
石切劔箭神社に伝わる故事によると、神武天皇が東征の途中でこの地を通った際、高天原の神々に武運を祈り、巨石を蹴り上げたと伝えられています。その後の戦いに勝利したことから、この石を神武天皇の御霊代として祀るようになりました。
神武天皇は日向から大和を目指して東征し、生駒山を越えて大和へ入ろうとした際には長髄彦と戦っています。石切劔箭神社が鎮座するのは、その生駒山の西麓です。神武社には、この地に残る神武東征の伝承が現在まで受け継がれています。
神武社 社殿前
神武天皇が武運を祈ったのち戦いに勝利したという故事から、神武社は「日本一運勢の強い開運の神」とされ、開運や延命長寿の信仰を集めています。
毎年4月3日には神武社例祭が斎行されます。例祭では神武天皇の故事にちなみ、開運や必勝を願う人々が参拝します。

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