若江鏡神社 - 神社ファン

有名度

前頭

若江鏡神社

わかえかがみじんじゃ

大阪府東大阪市若江南町2-3-9

大阪府東大阪市若江南町2-3-9

拝殿

ブレイズマン(wikipedia パブリック・ドメイン)

かんたんご利益

  • 健康
  • 仕事
  • 学業
  • 子供
若江鏡神社には

「健康系」「仕事系」「学業・技芸系」「子供系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

安産 産業振興 智力 安心 健康 生活安定 安産

御祭神

大伊迦槌火明大神 おおいかづちほのあけのおおかみ
仲哀天皇 ちゅうあいてんのう
神功皇后 じんぐうこうごう

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(3柱)」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

若江鏡神社は大阪府東大阪市に鎮座する神社。御祭神は大伊迦槌火明大神、仲哀天皇、神功皇后の3柱をまつる。
社格は式内社であり、旧郷社。
創建年は明確ではないが、少なくとも平安時代にはすでに朝廷の祭祀体系の中で認識されていた古社である。『日本文徳天皇実録』斉衡元年(854年)4月条には「河内国大雷火明神」に神階を授けた記事が見え、これを若江鏡神社にあたるとする説がある。また延長5年(927年)に編纂された『延喜式神名帳』にも名が記され、古代以来の由緒をもつ神社として知られている。
中世になると、神社の北側には若江城が築かれ、畠山政長から三好義継に至る歴代城主の崇敬を受けたと伝えられる。若江は政治や軍事の拠点として重要な地域であり、そのなかで当社も地域の信仰の中心として位置づけられていた。
しかし社頭は戦乱の影響を受けることもあった。慶長20年(1615年)の大坂夏の陣における若江の戦いでは兵火により社殿や神宝が焼失したと伝えられる。その後、江戸時代の文政11年(1828年)に社殿が再建され、現在の社殿はこの再建によるものである。
境内には神功皇后が帰途に鏡を埋めたとする鏡塚の伝承も残されている。
本殿は文政11年(1828年)再建の建物で、東大阪市指定有形文化財となっている。三間社流造の形式をとり、社殿2棟の間に相殿を挟む珍しい構成をもつ建築で、文化・文政期の社殿建築を伝える遺構として知られる。また境内には文化財として、本殿附斗帳2帳や大般若経木箱入600巻が伝わる。大般若経は元禄11年(1699年)に雨乞いのため奉納されたものである。現在も10月10日・11日には秋大祭が行われ、神楽奉納やだんじり宮入などの行事が催され、地域の祭礼として受け継がれている。
  • 郷社
  • 式内社(小)
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神社詳細

公式URL

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文化財

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建築

本殿 三間社流造

神紋

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出典
公式サイト
http://www.wakaekagami.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8B%A5%E6%B1%9F%E9%8F%A1%E7%A5%9E%E7%A4%BE
大阪府神社庁
https://www.osaka-jinjacho.jp/