志紀長吉神社 - 神社ファン

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志紀長吉神社

しきながよしじんじゃ

大阪府大阪市平野区長吉長原2-8-23

大阪府大阪市平野区長吉長原2-8-23

鳥居

Mihoko Nakajima (wikipedia CC 表示-継承 4.0)

かんたんご利益

  • 仕事
  • 安全
  • 厄除
  • 勝負
志紀長吉神社には

「仕事系」「安全系」「厄除・開運系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

交通安全 祓い 必勝 商売繁盛

御祭神

長江襲津彦命 ながえそつひこのみこと
事代主命 ことしろぬしのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」 「えびす系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

志紀長吉神社は大阪府大阪市平野区に鎮座する神社。御祭神は長江襲津彦命、事代主命の2柱をまつる。
社格は式内社であり、旧郷社。
社伝によれば、志紀長吉神社は延暦13年(794年)にこの地へ鎮座したと伝えられる。平安時代には、旧境内地の宝田から産する「日蔭の蔓」が朝廷に献上され、平城天皇の時代に日蔭大明神の神号を賜ったとされる。この出来事にちなみ、日蔭は神紋としても定められ、当社が日蔭大明神と称されるようになったと伝えられている。その後、志紀長吉神社は延喜式神名帳に記載される式内社となり、後朱雀天皇や後冷泉天皇の祈願所となったと伝わる。神仏習合の時代には神宮寺として阿弥陀寺が営まれ、社に関する縁起や史料が伝えられた。江戸時代には日蔭大明神の名で広く信仰を集め、牛頭天王を祀る社として祈雨祈願でも知られた。明治の神仏分離により阿弥陀寺は廃寺となったが、関連する史料は現在まで伝えられている。
また、慶長20年(1615年)の大坂夏の陣の際には、真田信繁(幸村)が戦勝祈願のため参拝し、軍旗と刀剣を奉納したと伝えられる。刀剣は戦後に没収されたが、六文銭をあしらった奉納軍旗は現在も神社に伝わり、志紀長吉神社の社宝として知られている。この軍旗は境内でとくに著名な遺品の一つであり、現在も定期的に公開されている。
祭事としては、4月16日の春祭、5月24日・25日の夏祭、10月初旬の秋季大祭、1月9日・10日の勝戎まつりなどが現在も続けられており、地域の信仰とともに受け継がれている。
  • 郷社
  • 式内社(並大)
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神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

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例祭

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文化財

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建築

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神紋

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出典
公式サイト
https://www.shikinagayoshi-jinjya.org/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%97%E7%B4%80%E9%95%B7%E5%90%89%E7%A5%9E%E7%A4%BE
大阪府神社庁
https://www.osaka-jinjacho.jp/