葛城襲津彦 神社の神様 - 神社ファン

葛城襲津彦

かずらきのそつひこ

  • 神話・伝説
  • 男神・男性

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葛城襲津彦とは?

葛城襲津彦(?-?)は記紀に登場する古代日本の人物。古事記では葛城長江曾都毘古などと表記され、日本書紀では葛城襲津彦と表記される。武内宿禰の子供である7男2女に内の第八子と言われている。大和の豪族葛城氏の始祖である。神功皇后、応神天皇、仁徳天皇の三代の御代に仕えた。神功皇后の代では新羅王の人質の微叱旱岐の帰国の随伴を命じられたが、対馬で新羅王の使者に惑わされて微叱旱岐に逃げられてしまう。そのため襲津彦は新羅の使者を焼き殺し、新羅を攻めて捕虜を連れ帰ったという逸話が残されている。襲津彦は仁徳天皇皇后磐之媛、葦田宿禰、玉田宿禰らの父にあたり、日本書紀の百済記には沙至比跪という名で登場することから4世紀末に朝鮮に出兵した将軍として実在していたという説もある。 襲津彦は大阪府大阪市平野区にある志紀長吉神社に祭神として祀られている。襲津彦は長江襲津彦命とも称され、長江は大和川を指すとも言われ、襲津彦は古代の要衝を制した人物であり、また、新羅を攻めた伝承などから交通安全、必勝祈願、厄除けなどにご利益があるとされている。

出典文献

古事記

日本書紀

ご神徳

交通安全 厄除け 必勝祈願

別称・異称

葛城長江曾都毘古

かずらきのながえのそつびこ

古事記

荒木田襲津彦命

らきだそつひこのみこと

その他

祀られている主な神社

薭田神社
(東京都大田区蒲田3-2-10)
志紀長吉神社
(大阪府平野区長吉長原2-8-23)
箭代神社
(富山県氷見市北八代787番地)
多氣神社坂本神社
(高知県奈半利町字広岡乙3855番)