御幸森天神宮 - 神社ファン

有名度

前頭

御幸森天神宮

みゆきもりてんじんぐう

大阪府大阪市生野区桃谷3-10-5

大阪府大阪市生野区桃谷3-10-5

拝殿

Naokijp(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

かんたんご利益

  • 健康
  • 仕事
御幸森天神宮には

「健康系」「仕事系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

医薬 温泉 おまじない 酒造

御祭神

仁徳天皇 にんとくてんのう
少彦名命 すくなひこなのみこと
忍坂彦命 おしさかひこのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

少彦名系」 「不明(2柱)」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

御幸森天神宮は大阪府大阪市生野区に鎮座する神社。御祭神は仁徳天皇、少彦名命、忍坂彦命の3柱をまつる。
社格は旧村社。
御幸森天神宮の起こりは、反正天皇2年(406年)にさかのぼると伝えられる。伝承によれば、仁徳天皇が鷹狩や視察の際にこの地へたびたび御幸し、森で休息したことから一帯は「御幸の森」と呼ばれるようになったという。やがて天皇の崩御後、その神霊を祀る社が建てられたと伝えられ、現在の社名に含まれる「御幸森」はこの伝承に由来する。
鎮座地の猪飼野一帯は古くから知られた土地で、日本書紀に見える猪甘津に由来する地名とされる。古代には交通の要衝であるとともに渡来文化とも深く関わり、百済からの渡来人が多く居住した地域と伝えられている。そのため御幸森天神宮の歴史は、一社の沿革にとどまらず、生野一帯の古代史とも重なり合う背景をもつ。
嘉祥3年(850年)頃、当地に疫病が流行した際、当宮の社僧であった大蔵院行綱が京都の五條天神社に参籠し、少彦名命の神霊を勧請したと伝えられる。これによって疫病が鎮まったとされ、この頃から社は「天神宮」とも称されるようになった。
その後、大坂夏の陣の兵火によって玉造清水谷付近に祀られていた忍坂彦命の社が失われると、松平忠明の命によってその神霊が御幸森天神宮へ奉遷された。あわせて旧平野川中洲の地3,000歩と灯明台1基が寄進され、以後、忍坂彦命は本殿に合祀されることとなった。
現在の本殿・幣殿・拝殿・透塀は1930年(昭和5年)に建てられたもので、2000年(平成12年)には国の登録有形文化財に登録されている。拝殿は木造平屋建・銅板葺で、入母屋造平入りの正面に唐破風の向拝を備え、昭和初期における鎌倉復古様式神社建築の好例とされる。
境内には仁徳天皇が腰を掛けたと伝わる腰掛石、松平忠明が寄進した灯明台、樹齢約700年と伝わる椋の木などが残る。また御幸戎神社、稲荷神社、菅原神社などの境内社が並び、地域の信仰を今に伝えている。祭事としては毎年10月16日に例大祭が行われるほか、1月9日から11日には御幸戎祭、4月16日には稲荷祭が斎行されている。
  • 村社
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出典
公式サイト
https://miyukimori.net/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%A1%E5%B9%B8%E6%A3%AE%E5%A4%A9%E7%A5%9E%E5%AE%AE
大阪府神社庁
https://www.osaka-jinjacho.jp/