押坂彦人大兄皇子
おしさかのひこひとのおおえのみこ
- 神話・伝説
- 男神・男性

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押坂彦人大兄皇子とは?
押坂彦人大兄皇子は記紀に登場する男神。第30代敏達天皇の第1皇子であり、母親は息長真手王の娘である比呂比売命である。彦人大兄皇子は当然のことながら皇位継承の有力な候補であったが、敏達天皇崩御後に実際に皇位を継承したのは、蘇我稲目の娘である堅塩媛の御子である用明天皇であった。皇位継承者は皇族の系譜から排出することが継承されてきた中で、豪族の系統を母に持つ天皇の即位は極めて異例であり、当時の蘇我氏の権勢を伺うことができる。その後、第31代用明天皇が病に伏した際に、再び皇位継承者として注目される。しかし、物部氏と蘇我氏との間の係争の中で、蘇我馬子に暗殺されたとされている。皇子である田村皇子は第34代舒明天皇として即位し、天智・天武両天皇の祖父に当たることから、後の世では皇祖大兄と呼ばれるようになる。 押坂彦人大兄皇子は大阪府大阪市生野区桃谷にある御幸森天神宮に祭神として祀られている。忍坂彦命の神名で祀られている。
出典文献
古事記
日本書紀
先代旧事本紀
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
麻呂古皇子まろこのみこ
日本書紀
彦人皇子ひこひとのみこ
日本書紀
忍坂日子人太子おしさかのひこひとのひつぎのみこ
古事記
麻呂古王まろこのみこ
古事記
彦人大兄王ひこひとのおおえのみこ
先代旧事本紀
祀られている主な神社
御幸森天神宮
(大阪府生野区桃谷3-10-5)
