有名度
小結少彦名神社
すくなひこなじんじゃ
大阪府大阪市中央区道修町2-1-8
国登録有形文化財の御社殿・伊勢神宮遥拝所・五社明神
更新日:2026年9月7日
国登録有形文化財の本殿・幣殿・拝殿
少彦名神社の御社殿は、本殿・幣殿・拝殿からなり、現在の建物は明治43年(1910)に建てられました。3棟はいずれも平成12年(2000)に国の登録有形文化財となっています。参拝時に正面からよく見えるのは拝殿です。拝殿は入母屋造、銅板葺で、正面には千鳥破風と軒唐破風を設けています。全体としては簡素な造りながら、正面は装飾的に仕上げられているのが特徴です。

最も奥に鎮座する本殿は、桁行一間、梁間二間の切妻造、銅板葺、平入りです。建築面積3.4平方メートルという小規模な社殿で、妻梁を虹梁形とするほかは装飾を抑えた簡素な造りですが、文化庁は「全体の比例が良く、良材による質の高い建物」と評価しています。

御祭神
御祭神は、日本医薬の祖神とされる少彦名命と、中国医薬の祖神である炎帝神農です。道修町には薬種業者が集まり、安永9年(1780)、薬を扱う仕事を神の加護のもと正しく行おうと、京都の五條天神から少彦名命を仲間の寄合所へ迎えました。以前から祀られていた炎帝神農とともに祀ったのが少彦名神社の始まりです。
現在も「日本医薬総鎮守」として信仰され、病気平癒・健康成就を願う参拝者のほか、医薬に関係する企業や人々から崇敬を集めています。

伊勢講との歴史を伝える伊勢神宮遥拝所
御社殿に向かって右手には、伊勢神宮を遥拝するための遥拝所があります。少彦名神社は伊勢講から始まった神社で、その歴史を現在に伝えているのがこの遥拝所です。少彦名神社では現在も毎年10月17日に「神宮遥拝 神嘗祭」を斎行しており、伊勢神宮の御札である神宮大麻も授与されています。
大阪の道修町にいながら伊勢神宮を遥拝できる場所であり、少彦名神社の成立に伊勢信仰が関わっていたことが分かる見どころです。
遥拝所の前には七福神像が並び、向かって右側にはえびす大神、左側には大国主命の像も置かれています。

伊勢講との歴史を伝える伊勢神宮遥拝所
御社殿に向かって右手には、伊勢神宮を遥拝するための遥拝所があります。少彦名神社は伊勢講から始まった神社で、その歴史を現在に伝えているのがこの遥拝所です。少彦名神社では現在も毎年10月17日に「神宮遥拝 神嘗祭」を斎行しており、伊勢神宮の御札である神宮大麻も授与されています。
大阪の道修町にいながら伊勢神宮を遥拝できる場所であり、少彦名神社の成立に伊勢信仰が関わっていたことが分かる見どころです。
遥拝所の前には七福神像が並び、向かって右側にはえびす大神、左側には大国主命の像も置かれています。

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5柱を祀る「屋久杉五社明神」
拝殿に向かって右手にあるのが「屋久杉五社明神」です。宮司家で代々祀られてきた御祭神を祀っています。中央に祀られているのは、開運の猿田彦社です。その両側には、諸芸上達の天鈿女社、金運の金毘羅宮が並び、さらに安産の水天宮、学問の天満宮を合わせた5社からなります。
小さな境内ですが、中央の御社殿だけでなく、伊勢神宮遥拝所や屋久杉五社明神までまとまって鎮座しています。正面から拝殿を参拝した後は、御社殿の右手にも目を向けてみてください。

右隣(向かって左隣)には天鈿女社(あめのうずめしゃ)があり、諸芸上達のご利益。
左隣(向かって右隣)には金毘羅宮(こんぴらぐう)があり、金運のご利益。
一番右(向かって一番左)には水天宮(すいんぐう)があり、安産のご利益。
一番左(向かって一番右)には天満宮(てんまんぐう)があり、学問のご利益。
5つ合わせて屋久杉五社明神と呼ばれています。

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