境内・鳥居・御神木 | 少彦名神社 - 神社ファン

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小結

少彦名神社

すくなひこなじんじゃ

大阪府大阪市中央区道修町2-1-8

境内・鳥居・御神木

更新日:2025年6月26日

境内入口・鳥居

少彦名神社は、ビルが建ち並ぶオフィス街に鎮座しています。
オフィス街にある小彦名神社の入口看板
江戸時代、薬種中買仲間(どしょうまちやくしゅなかがいなか)の寄合所だったという地に少彦名命が勧請されたのは、1780(安永9年)のことです。1837(天保8)年の「大塩平八郎の乱」により祠は全焼してしまいますが、数年の後に再建。1910(明治43)年には正遷宮されました。
小彦名神社の入口 正面
境内入口には注連柱があり、右には「定給療病方咸蒙」、左には「其恩頼 正二位伯爵源通禧書」と刻まれています。こちらの文字は日本の江戸時代末期から明治時代にかけての公家、政治家である源通禧こと東久世通禧(ひがしくぜ みちとみ)の書です。
注連柱に刻まれた文字
「定給療病方咸蒙 其恩頼」は日本書記の一説で「やまいをおさむるのりをさだめたまひ みなそのみたまのふゆをかがふれり」と読みます。要約すると「民と家畜のために病気の治療方法を定め、動物や昆虫の害を祓う方法教えた。この教えは今に至るまで、全ての民が恩恵を受けている。」といった感じになります。
この一文は日本書記の大国主命と小彦名命の国造りに出てくる一文です。ご祭神である小彦名命の恩恵を今でも全ての民が受けていることが書かれています。

春琴沙の碑

右の締め柱の後ろには、谷崎潤一郎が道修町の薬種商の娘、春琴を主人公にした小説「春琴抄」の碑があり、人間国宝の地歌箏曲演奏家、菊原初子による書と、複写された谷崎潤一郎の原稿を見ることができます。
春琴抄の碑

薬ケース

参道にはガラスケースがあり、「医薬総鎮守 少彦名神社に護られた家庭薬」として多くの一般用医薬品が並べられています。すべて一般用のため、見知った薬ばかりです。そのまま参道を進むと鳥居と御神木、その先に御社殿が見えます。
参道の一般用医薬品のサンプル

社殿前の鳥居

社殿前の鳥居は神社入口の石柱を注連縄で結んだ昔の形式ではなく、木製のオーソドックスな明神型の鳥居です。扁額には「小彦名神社」と書かれています。狭い参道にギリギリまで笠木が出ているので、近くで見ると大きさ以上に迫力があります。
鳥居と御神木と御社殿

御神木 楠木

御神木は樹齢約190年の楠木です。ビル街の中にありますが元気いっぱいに育っています。当然後からビルが建ったのですが、よくビルの間で平気だなぁと感心してしまいます。ちなみに楠木には葉や枝から樟脳(しょうのう)が抽出され、防虫剤に活用されているそうです。
御神木

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