有名度
小結少彦名神社
すくなひこなじんじゃ
大阪府大阪市中央区道修町2-1-8
薬の町・道修町らしい境内と鳥居・御神木の楠
更新日:2026年9月7日
ビルの間に延びる少彦名神社の参道
少彦名神社は、大阪を代表するオフィス街の一つである道修町に鎮座しています。大きな境内を持つ神社とは異なり、道修町通からビルの間に延びる細い参道を進んだ先に鳥居と御神木、御社殿があります。

少彦名命にちなむ言葉が刻まれた注連柱
道修町通に面した境内入口には、2本の注連柱が立っています。右側には「定給療病方咸蒙」、左側には「其恩頼 正二位伯爵源通禧書」と刻まれています。「源通禧」は、幕末から明治時代に活躍した公家・政治家の東久世通禧(ひがしくぜみちとみ)です。

少彦名命と大己貴命が人や家畜の病を治療する方法などを定め、人々がその恩恵を受けたことを伝える一節です。医薬の祖神である少彦名命を祀る神社らしく、参拝者を最初に迎える注連柱にも医薬に関わる御祭神の神話が刻まれています。
スポンサーリンク
谷崎潤一郎『春琴抄』の碑
入口の注連柱のそばにあるのが、谷崎潤一郎の代表作の一つ『春琴抄』にちなんだ文学碑です。昭和8年(1933)に発表された『春琴抄』の主人公・春琴は、大阪の薬種商の家に生まれた女性として描かれています。薬種商の町として発展した道修町と作品とのつながりから、少彦名神社に「春琴抄の碑」が建てられています。
碑には、地歌箏曲家で人間国宝となった菊原初子による書と、谷崎潤一郎の原稿を複写したものを見ることができます。
菊原初子は、父で地歌箏曲家の菊原琴治検校の手を引いて谷崎邸へ出稽古に通った人物です。碑の解説では、この父娘の姿が『春琴抄』の作品に生かされたと伝えています。
医薬の神を祀る神社の入口で、道修町を背景とする近代文学との意外なつながりにも触れられる見どころです。

参道に並ぶ「家庭薬」の展示
注連柱から細い参道へ入ると、ガラスケースの中に数多くの医薬品が並んでいます。「医薬総鎮守 少彦名神社に護られた家庭薬」として展示されているもので、風邪薬や胃腸薬など、現在も身近な一般用医薬品を見ることができます。
一般的な神社の参道ではまず見られない展示ですが、少彦名神社が鎮座する道修町は江戸時代から続く薬の町です。現在も周辺には製薬会社や医薬品関連企業が集まっており、参道の家庭薬は、少彦名神社と現代の医薬業界とのつながりを目で見て感じられる場所になっています。
細い参道をさらに奥へ進むと、鳥居と御神木、その先に御社殿が見えてきます。

社殿前に立つ木製の鳥居
御社殿の手前には木製の明神鳥居が立ち、扁額には「少彦名神社」と記されています。ビルに挟まれた細い参道いっぱいに鳥居が立っているため、道修町通から見た境内入口とは印象が大きく変わります。鳥居の先には御神木の楠と御社殿があり、細長い境内の中で参拝場所がまとまっています。

ビルの間にそびえる御神木の楠
鳥居のそばに立つ大きな楠が、少彦名神社の御神木です。樹齢は約190年と伝えられています。少彦名神社は周囲を高い建物に囲まれていますが、その限られた空間の中で楠が高く枝を伸ばしています。道修町通から細い参道を進み、鳥居をくぐったところで大きな楠を見上げると、ビル街の中に鎮座する少彦名神社ならではの境内の姿がよく分かります。
楠からは古くから樟脳(しょうのう)が採取され、防虫などに利用されてきました。医薬の町に鎮座する神社の御神木が、人々の暮らしに利用されてきた楠であることも興味深いところです。

この記事を0人の方がいいねといっています
スポンサーリンク
少彦名神社の人気記事
-
日本医薬総鎮守の神農さんこの記事を3人が評価
-
張り子の虎この記事を1人が評価
-
お守りこの記事を0人が評価
