淀川天神社 - 神社ファン

有名度

前頭

淀川天神社

よどがわてんじんしゃ

大阪府大阪市北区国分寺1-4-1

大阪府大阪市北区国分寺1-4-1

鳥居

bittercup(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

かんたんご利益

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」

です。
他に 「天満・天神系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

淀川天神社は大阪府大阪市北区に鎮座する神社。御祭神は天穂日命、菅原道真の2柱をまつる。
社格は旧村社。
淀川天神社の起こりは、伝承では天平10年(738年)にさかのぼる。行基がこの地を開拓した際、開発の守護神として天穂日命を勧請したのが始まりとされる。その後、天穂日命の系譜に菅原道真が連なるとする伝承を背景に、菅原道真も祀られるようになり、天満宮としての信仰もあわせ持つ神社となった。こうして淀川天神社は、土地の守護を祈る信仰と天神信仰が重なりながら、地域の社として受け継がれてきた。
近代に入ると、明治6年(1873年)に神宮寺であった黄檗宗の淸源山正德禪寺と分離し、神仏分離後の神社としての体制が整えられた。さらに明治41年(1908年)には東梅ヶ枝町の稲荷神社を合祀している。明治43年(1910年)には中島村の神社から社殿が移築され、現在の社殿構成の基礎が整えられた。
現在の本殿・幣殿・拝殿は、享保年間(1716年~1736年)に建立された社殿を明治43年(1910年)に移築したものである。境内には天正10年(1582年)建立と伝えられる稲荷神社もあり、これは小堀遠州の屋敷にあったものが明治41年(1908年)に移されたと伝えられる。昭和20年(1945年)の大阪大空襲では被害を免れ、都市部にありながら近世以来の社殿が残されている。例祭は毎年7月18日に行われる。
  • 村社
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神社詳細

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B7%80%E5%B7%9D%E5%A4%A9%E7%A5%9E%E7%A4%BE
大阪府神社庁
https://www.osaka-jinjacho.jp/