離宮八幡宮 - 神社ファン

有名度

前頭

離宮八幡宮

りきゅうはちまんぐう

京都府乙訓郡大山崎町大山崎西谷21

京都府乙訓郡大山崎町大山崎西谷21

拝殿

663highland (wikipedia CC 表示 2.5)

かんたんご利益

  • 仕事
  • 勝負
離宮八幡宮には

「仕事系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利

御祭神

本殿 主祭神

応神天皇 おおじんてんのう

左殿 相殿神

酒解大神 さかとけのおおかみ

右殿 相殿神

比売三神 ひめさんしん

神社系統

この神社の主な系統は

八幡系

です。
他に 「三島・大山祇系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

離宮八幡宮は京都府乙訓郡大山崎町に鎮座する神社。御祭神は応神天皇、酒解大神、比売三神の3柱をまつる。
社格は旧府社。
社伝によれば、貞観元年(859年)、清和天皇の勅命により大安寺の僧・行教が宇佐八幡宮の八幡神を奉じて山崎の津に至り、この地に社を創建したことが起源である。翌貞観2年(860年)には男山へ遷宮して石清水八幡宮が創建されたが、当初神が降臨した地として再び八幡神を勧請し、当地でも社が存続したと伝わる。
社名の「離宮」は、嵯峨天皇の河陽離宮の旧跡にあたるとされることに由来する。中世以降、当社は製油と深く結びつき、貞観年間(859年~877年)に搾油器の工夫がなされ荏胡麻油の製造が始まったと伝えられる。これを背景に大山崎油座が形成され、当社は油座の中心として発展し、日本の製油発祥地の一つに数えられてきた。
寛永12年(1635年)には幕命により永井直清が奉行となり、本殿・拝殿などが再建され社地も拡張された。元禄10年(1697年)には社号をめぐる裁許により「石清水八幡宮」の号の使用が禁じられ、以後「離宮八幡宮」を正式名称とした。元治元年(1864年)の禁門の変では焼失し、明治12年(1879年)に社殿が再建され、昭和4年(1929年)には本殿・幣殿・拝殿を連結する形で改築が行われた。
本殿は三間社流造、銅板葺で、現在の本殿は国の登録有形文化財(建造物)に登録されている。当社は荏胡麻油発祥地として油座の中心であったことを公式に掲げ、今日も油の神として崇敬を集めている。
  • 県社
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神社詳細

公式URL

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建築

本殿 八幡造

神紋

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出典
公式サイト
http://rikyuhachiman.org/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%A2%E5%AE%AE%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE
京都府神社庁
http://www.kyoto-jinjacho.or.jp/