水主神社 京都府 - 神社ファン

有名度

前頭

水主神社

みずしじんじゃ

京都府城陽市水主宮馬場30

京都府城陽市水主宮馬場30

拝所と本殿

Zeter114514 (wikipedia CC 表示-継承 4.0)

かんたんご利益

御祭神

天照國照彦天火明櫛玉饒速日尊 あまてるくに てるひこあめのほあかりくしたまにぎはやひのみこと
天香語山命 あめのかごやまのみこと
天村雲命 あめのむらくものみこと
天忍男命 あめのおしおのみこと
建額赤命 たけぬかかのみこと
建筒草命 たけつつくさのみこと
建田背命 たけたせのみこと
建諸隅命 たけもろずみのみこと
倭得玉彦命 やまとえたまひこのみこと
山脊大國魂命 やましろのおおくにたまのみこと
大縫命 おおぬいのみこと
小縫命 おぬいのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(12柱)」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

水主神社は京都府城陽市に鎮座する神社。御祭神は天照國照彦天火明櫛玉饒速日尊、天香語山命、天村雲命、天忍男命、建額赤命、建筒草命、建田背命、建諸隅命、倭得玉彦命、山脊大國魂命、大縫命、小縫命の12柱をまつる。
社格は式内社であり、旧府社。
水主神社は『延喜式神名帳』に「水主神社十座」と記される式内大社である。平安時代初期にはすでに国家祭祀に関わる神社として位置づけられていたことが史料上明確である。創建年代は確定していないが、社伝は崇神天皇の時代に山背大國魂命をこの地に祀ったことを起源とする。『新撰姓氏録』には火明命の後裔として「水主直」の名が見え、水主氏が当地の豪族であったことが確認できる。これにより、水主神社は古代豪族水主氏の祭祀を背景に成立した神社であることが文献上示される。
『延喜式』では相嘗祭に関わる二座が「水主坐天照御魂神」「水主坐山背大國魂命神」として記載される。これは当社が国家の重要祭祀に関与していたことを示す史料である。さらに『日本三代実録』には、天安2年(858年)および貞観元年(859年)に当社で祈雨奉幣が行われたことが記録される。また『延喜式』臨時祭の祈雨神祭八十五座にも列しており、平安期において祈雨祭祀を担った神社であったことが確認できる。
社名の「水主」は、『倭名類聚抄』に見える山城国久世郡水主郷に由来する地名である。当社は水主郷の鎮守として存続してきた神社である。
近世には社殿の再建が行われ、寛政10年(1798年)に本殿が造営された。明治期の近代社格制度では府社に列格した。例祭は毎年11月中旬の日曜日である。
  • 県社
  • 式内社(大)
  • 祈雨神祭八十五座(山城国)
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神社詳細

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E4%B8%BB%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E5%9F%8E%E9%99%BD%E5%B8%82)
京都府神社庁
http://www.kyoto-jinjacho.or.jp/