安井金比羅宮 - 神社ファン

有名度

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安井金比羅宮

やすいこんぴらぐう

京都府京都市東山区東大路松原上ル下弁天町70

😞 🙁 😐 🙂 😄

京都府京都市東山区東大路松原上ル下弁天町70

拝殿

663highland (wikipedia CC 表示 2.5)

安井金比羅宮以外にも 縁切り神社 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 恋愛
  • 安全
安井金比羅宮には

「恋愛系」「安全系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

公

あらゆる悪い縁を切り、良縁を結ぶ 海上安全 交通安全

御祭神

崇徳天皇 すとくてんのう
大物主神 おおものぬしのかみ
源頼政 みなもとのよりまさこう

神社系統

この神社の主な系統は

「金毘羅系」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

安井金比羅宮は京都府京都市東山区に鎮座する神社。御祭神は崇徳天皇、大物主神、源頼政の3柱をまつる。
社格は旧郷社。
社伝では、天智天皇の御代(668~671)に藤原鎌足が一堂を建立し、紫色の藤を植えて藤寺と称したことを始まりとする。藤原鎌足はこの地で家門の隆昌と子孫の長久を祈願した。
崇徳天皇は藤寺の藤を好み、久安2年(1146)に堂塔を修造して寵妃の烏丸殿を住まわせた。保元元年(1156)、崇徳上皇は保元の乱に敗れて讃岐へ配流され、その後、讃岐で崩御した。
治承元年(1177)、大円法師が当地へ参拝した際、崇徳上皇が姿を現したと伝えられる。大円法師はこの出来事を後白河法皇に伝え、建治年間(1275~1277)、後白河法皇の詔によって光明院観勝寺が建立された。安井金比羅宮では、この光明院観勝寺の建立を当宮の起こりとしている。
応仁元年(1467)から文明9年(1477)まで続いた応仁の乱の兵火により、光明院観勝寺は荒廃した。元禄8年(1695)には、太秦安井にあった蓮華光院が現在地へ移建された。蓮華光院の鎮守として崇徳天皇を祀り、讃岐の金刀比羅宮から大物主神を勧請するとともに、源頼政を祀った。以後、安井の金比羅さんと呼ばれるようになった。
明治維新後の神仏分離により蓮華光院は廃され、安井神社と称した。旧社格制度では郷社に列し、第2次世界大戦後に現在の安井金比羅宮へ改称した。
境内には本殿や拝殿のほか、縁切り縁結び碑、久志塚、金比羅絵馬館などがある。本殿東側の金比羅絵馬館には、江戸時代後期から昭和期までの絵馬約600点が収蔵され、江戸時代の絵師・山口素絢らの作品も含まれる。末社天満宮には明和4年(1767)に建立された狛犬がある。
久志塚は古くなった櫛を供養する塚で、毎年9月の櫛まつりでは使い古した櫛や折れた櫛を祓う神事が行われる。神事の後には、古代から現代までの髪型と衣装をまとった女性たちによる時代風俗行列が祇園界隈を巡行する。
春季金比羅大祭では本殿で大祭が斎行され、縁切り縁結び碑の前庭で護摩木を焚く火焚神事が行われる。秋季金比羅大祭では御鳳輦と御神宝が拝殿に飾られ、神事の後に御鳳輦が氏子町内を巡行する。
  • 郷社
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神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

末社 安井天満宮
祭神不明
末社 久志塚
祭神不明
末社 八大力尊社
八大力尊
末社 三玉稲荷社
祭神不明
末社 厳嶋社
祭神不明
境内社 三社
祭神不明
境内社 桜之宮
祭神不明

例祭

歳旦祭 元日
初詣 元日~5日
初金比羅祭 1月10日
節分祭 立春前日
春季金比羅大祭 5月10日
夏越大祓 6月30日
櫛まつり 9月第4月曜日
秋季金比羅大祭(例祭) 10月1日~10日
秋季火焚祭 11月10日
終い金比羅祭 12月10日
大祓 12月31日
月次祭 毎月1日・10日

文化財

情報募集

建築

情報募集

神紋

情報募集

出典
公式サイト
http://www.yasui-konpiragu.or.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E4%BA%95%E9%87%91%E6%AF%94%E7%BE%85%E5%AE%AE
京都府神社庁
http://www.kyoto-jinjacho.or.jp/