太閤井戸 | 北野天満宮 - 神社ファン

有名度

横綱

北野天満宮

きたのてんまんぐう

京都府京都市上京区馬喰町931

太閤井戸

更新日:2025年5月2日

北野大茶会で使用された伝説の井戸

ニノ鳥居を潜って路亜門に向かう途中右手に、「北野大茶湯之址」(きたのおおちゃのゆのあと)と書かれた石碑との前にある大きな井戸があります。これを太閤井戸と呼びます。
この井戸はその名前の通り、関白である豊臣秀吉公が九州平定を果たしたことと、淀殿のために作った聚楽第が完成した2つのお祝いを記念して、安土桃山時代の天正15年(1587年)10月1日に行った「北野大茶会」で使用されたもので、千利休や今井宗久などの名だたる茶人が茶の湯用の水を汲んだと伝わる伝説の井戸です。
この茶会は全国から身分を問わず庶民までが参加することができたのが特徴で、「美麗を禁じ、倹約」という茶の湯を通して倹約の心を全庶民に浸透させることと、織田信長以上に茶の湯に浸透した秀吉が、当代隋一のコレクションを披露することが目的だったと伝えられています。
しかし、この茶会は一日で終わりました。その後も再会されていません。なぜ一日で終わったのか諸説あり、「肥後国人一揆が発生したという知らせが入って秀吉が不快を覚えたから」というのが有力とされています。他にも秀吉の自己顕示欲が1日で満されたから、単なる専制君主特有の気まぐれ、秀吉が数百人も茶を点てるのに疲れてしまったから、10日間の予定が1日のみに変更されたなど。真相は謎のままです。
太閤井戸

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