湯谷神社 滋賀県 - 神社ファン

有名度

前頭

湯谷神社

ゆたにじんじゃ

滋賀県米原市米原771

滋賀県米原市米原771

拝殿

Opqr(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

かんたんご利益

ご利益

温泉守護

御祭神

水門神

神社系統

この神社の主な系統は

温泉系

です。
他に 「不明(1柱)」 「稲荷系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

湯谷神社は滋賀県米原市に鎮座する神社。御祭神は大己貴命、水門神、保食神の3柱をまつる。
社格は旧村社。
創祀年代は不詳で、古くは六所権現と称し、明治以後に地名にちなみ湯谷神社へ改称したと伝えられる。上古、出雲国の人々がこの地に至り、里人に池を掘らせたところ霊泉が湧出し、荒地を開けば五穀がよく成育したため、出雲の祖神である大己貴命を小谷の岩上に奉斎したという。さらに温泉が万病に効くと伝えられたことで崇敬を集め、後に水門神と保食神を合祀したとされる。
後白河上皇の御代には日吉社の社領となり、山王権現社とも称されたという。中世には今井備中守秀遠が箕浦庄の地頭職として当地を治め、当社を守護神として崇め、あわせて米原氏も社殿の修理や社領の奉献を行ったと伝わる。
文明3年(1471年)、米原山太尾城をめぐる激戦により社殿は焼失したが、天文13年(1544年)に今井氏が米原氏に命じて再興が行われ、この際に大山咋命を勧請したという。その後も社殿の整備は続き、文禄4年(1595年)には岩脇氏が社殿を修復して神門を寄進し、享保17年(1732年)には彦根藩主井伊直惟が社殿を再興するとともに、手水鉢や木造狛犬を奉納したとされる。
近代に入ると、明治22年(1889年)に三条実美が社号額を寄せたと伝えられ、境内には明治11年(1878年)の明治天皇北陸巡幸の際に小休止所として用いられた北村邸行在所が残る。祭事としては、例祭を毎年5月10日に斎行し、10月第2日曜日には曳山子ども狂言を伴う祭礼が行われ、地域の信仰と伝統芸能が今も受け継がれている。
  • 村社
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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B9%AF%E8%B0%B7%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E7%B1%B3%E5%8E%9F%E5%B8%82)
滋賀県神社庁
http://www.shiga-jinjacho.jp/