有名度
関脇二見興玉神社
ふたみおきたまじんじゃ
三重県伊勢市二見町江575
三重県伊勢市二見町江575



御祭神に興玉神(猿田彦大神)を祀る二見興玉神社は、古くから海上守護と浄めの神として崇敬を集めています。海上に並ぶ「夫婦岩」が日の出を背に結ばれる光景は、神秘的なパワースポットとして全国的に知られ、訪れる人々の心を清めます。伊勢神宮・内宮へ参拝する前に、この地で身を清めたと伝えられ、清らかな海と祈りが共鳴する、神聖な神社です。
神社ワードクラウド
二見興玉神社の特徴を視覚的にわかりやすく表現しています。詳しくは見どころをご確認ください。
かんたんご利益
- 恋愛
- 厄除
- 家庭
二見興玉神社には
「恋愛系(有名)」「厄除・開運系」「家庭系(有名)」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
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※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
公
土地の邪悪を鎮定、守護 土地の災厄を祓い清め道を開く 衣食を満たし産業を加護
御祭神
公
猿田彦大神 さるたひこのおおかみ
相殿
宇迦乃御魂大神 うがのみたまのおおかみ
神社系統
この神社の主な系統は
「興玉系」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
二見興玉神社は三重県伊勢市に鎮座する神社。祭神は興玉大神(猿田彦大神)、宇迦乃御魂大神。
旧社格は村社で、現在は神社本庁の別表神社である。
二見浦の夫婦岩(立石)の沖合に鎮まる興玉神石を猿田彦大神の霊跡として拝するため、夫婦岩に注連縄を張って神石を遥拝したことに始まるといわれる。社伝によれば、垂仁天皇の皇女・倭姫命が天照皇大御神を奉じて二見浦に舟を留めた際、興玉大神が海上の興玉神石に現れ、その御神幸を守護したと伝えられている。
興玉神石は、常世の国から来訪する神々が最初に寄り付く聖なる岩とされる。かつては海上に姿を現していたと伝わるが、現在は暗礁となって海中に鎮まっている。天平年間には僧・行基が創建したと伝わる太江寺の鎮守社として興玉社の社殿が建てられ、仏者によって祭祀が行われるなど、長く神仏習合の信仰が続いた。
明治の神仏分離によって太江寺から分離され、明治9年(1876)に夫婦岩の前となる現在地に社殿が造営された。明治41年(1908)には、境内の岩窟内で宇迦乃御魂大神をまつっていた三宮神社を合祀し、社名を二見興玉神社と改めた。さらに昭和20年(1945)には、五十鈴川の入り江に鎮座する栄野神社を飛地境内社として合祀し、現在に至っている。
二見興玉神社を象徴する夫婦岩は、古くは二つの岩を総称して「立石」または「天の岩門」と呼ばれ、明治時代になって伊邪那岐命と伊邪那美命になぞらえ「夫婦岩」と呼ばれるようになった。大小二つの岩を結ぶ大注連縄は神域と俗世を隔てる結界であり、長さ35mの大注連縄5本が張られている。毎年5月、9月、12月には「大注連縄張神事」が行われ、興玉神石と日の大神を拝する鳥居として大注連縄が奉献される。
夫婦岩は岩間から昇る御来光でも知られる。夏至を中心とした5月から7月ごろには夫婦岩の間から朝日が昇り、条件が整えば遠方の富士山の背後から太陽が昇る光景を見ることができる。富士山頂付近から太陽が昇る「ダイヤモンド富士」が見られる時期には、その御来光を拝むため多くの参拝者が訪れる。
二見浦は古くから伊勢神宮へ参拝する前に禊を行う場所でもあった。参拝者は二見浦の海水で心身を清めてから神宮へ向かい、この習わしは「浜参宮」と呼ばれている。現在は海中で禊を行う代わりに、拝殿で「無垢塩大麻」による祓いを受け、心身の不浄を祓ってから伊勢神宮へ参拝する習わしが受け継がれている。
無垢塩大麻に用いられる藻は、毎年5月に行われる「藻刈神事」で興玉神石周辺の海から刈り取られる。神職が和船で興玉神石付近へ向かい、刈り取った藻を神前に奉献したのち天日で乾燥させ、無垢塩大麻が奉製される。この藻は「無垢塩草」として授与され、身につけて祓い清めの守りとすることもできる。
境内には猿田彦大神の神使とされる蛙の像が数多く奉納され、「二見蛙」として親しまれている。旅や航海から無事に「かえる」、貸したものが「かえる」、若「かえる」など、「かえる」に通じる縁起から信仰を集めている。
旧社格は村社で、現在は神社本庁の別表神社である。
二見浦の夫婦岩(立石)の沖合に鎮まる興玉神石を猿田彦大神の霊跡として拝するため、夫婦岩に注連縄を張って神石を遥拝したことに始まるといわれる。社伝によれば、垂仁天皇の皇女・倭姫命が天照皇大御神を奉じて二見浦に舟を留めた際、興玉大神が海上の興玉神石に現れ、その御神幸を守護したと伝えられている。
興玉神石は、常世の国から来訪する神々が最初に寄り付く聖なる岩とされる。かつては海上に姿を現していたと伝わるが、現在は暗礁となって海中に鎮まっている。天平年間には僧・行基が創建したと伝わる太江寺の鎮守社として興玉社の社殿が建てられ、仏者によって祭祀が行われるなど、長く神仏習合の信仰が続いた。
明治の神仏分離によって太江寺から分離され、明治9年(1876)に夫婦岩の前となる現在地に社殿が造営された。明治41年(1908)には、境内の岩窟内で宇迦乃御魂大神をまつっていた三宮神社を合祀し、社名を二見興玉神社と改めた。さらに昭和20年(1945)には、五十鈴川の入り江に鎮座する栄野神社を飛地境内社として合祀し、現在に至っている。
二見興玉神社を象徴する夫婦岩は、古くは二つの岩を総称して「立石」または「天の岩門」と呼ばれ、明治時代になって伊邪那岐命と伊邪那美命になぞらえ「夫婦岩」と呼ばれるようになった。大小二つの岩を結ぶ大注連縄は神域と俗世を隔てる結界であり、長さ35mの大注連縄5本が張られている。毎年5月、9月、12月には「大注連縄張神事」が行われ、興玉神石と日の大神を拝する鳥居として大注連縄が奉献される。
夫婦岩は岩間から昇る御来光でも知られる。夏至を中心とした5月から7月ごろには夫婦岩の間から朝日が昇り、条件が整えば遠方の富士山の背後から太陽が昇る光景を見ることができる。富士山頂付近から太陽が昇る「ダイヤモンド富士」が見られる時期には、その御来光を拝むため多くの参拝者が訪れる。
二見浦は古くから伊勢神宮へ参拝する前に禊を行う場所でもあった。参拝者は二見浦の海水で心身を清めてから神宮へ向かい、この習わしは「浜参宮」と呼ばれている。現在は海中で禊を行う代わりに、拝殿で「無垢塩大麻」による祓いを受け、心身の不浄を祓ってから伊勢神宮へ参拝する習わしが受け継がれている。
無垢塩大麻に用いられる藻は、毎年5月に行われる「藻刈神事」で興玉神石周辺の海から刈り取られる。神職が和船で興玉神石付近へ向かい、刈り取った藻を神前に奉献したのち天日で乾燥させ、無垢塩大麻が奉製される。この藻は「無垢塩草」として授与され、身につけて祓い清めの守りとすることもできる。
境内には猿田彦大神の神使とされる蛙の像が数多く奉納され、「二見蛙」として親しまれている。旅や航海から無事に「かえる」、貸したものが「かえる」、若「かえる」など、「かえる」に通じる縁起から信仰を集めている。
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見どころ
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手水舎・満願蛙この記事を0人が評価
神社詳細
公式URL
摂末社・境内社
例祭
二見大祭(しめなわ曳き) 7月14日
大注連縄張神事 5月5日・9月5日・12月中下旬のいずれかの土・日曜日
藻刈神事 5月21日
大注連縄張神事 5月5日・9月5日・12月中下旬のいずれかの土・日曜日
藻刈神事 5月21日
文化財
情報募集
建築
情報募集
神紋
情報募集
出典
公式サイト
https://futamiokitamajinja.or.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E8%A6%8B%E8%88%88%E7%8E%89%E7%A5%9E%E7%A4%BE
三重県神社庁
https://www.mie-jinjachou.page/
https://futamiokitamajinja.or.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E8%A6%8B%E8%88%88%E7%8E%89%E7%A5%9E%E7%A4%BE
三重県神社庁
https://www.mie-jinjachou.page/
