日吉神社 清須市 - 神社ファン

有名度

前頭

日吉神社

ひよしじんじゃ

愛知県清須市清洲内須ヶ口2272番

😞 🙁 😐 🙂 😄

愛知県清須市清洲内須ヶ口2272番

かんたんご利益

  • 健康
  • 子供
  • 厄除
日吉神社には

「健康系」「子供系」「厄除・開運系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

公

人造り 国造り 医薬 夫婦和合 病気平癒 厄除 除災招福 鬼門守護 方除け 魔除け

御祭神

大己貴命 おおなむちのみこと
素盞鳴命 すさのおのみこと
大山咋神 おおやまぐいのかみ

神社系統

この神社の主な系統は

「日吉・山王系」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

日吉神社は愛知県清須市に鎮座する神社。御祭神は大己貴命、素盞鳴命、大山咋神の3柱をまつる。
社格は旧県社。
当社の創祀は、宝亀2年(771年)に尾張地方で疫病が流行した際、素盞嗚命と大己貴命を合祀し、病災除去を願う氏神として祀られたことに始まるとされる。大同2年(807年)には橘逸勢によって社殿が建立され、天台宗の広まりとともに神仏習合が進み、山王宮と称されるようになったことが伝えられている。中世に入ると社勢は次第に拡大し、13世紀末には社殿の修築や祠官の整備、社領の奉納が行われたとされる。尾張国府が清洲に置かれて以降は、清洲総氏神として信仰を集め、広い境内地に社殿が構えられていたという。
戦国期の大きな転機として、天正8年(1580年)に清洲城代・織田信張が、近江坂本の日吉大社から大山咋神と摂社二十一社を勧請し、現在につながる社の形が整えられた。その後、尾張藩主徳川吉通が当社の分霊を稲荷社とともに名古屋・古渡町へ山王稲荷として奉斎し、その分霊が境内末社として祀られているという由緒も伝えられている。
明治以降は社名を山王宮から日吉神社と改め、県社として崇敬を受けた。
例祭は10月10日の大祭を中心に、4月10日の祈年祭、8月1日の輪くぐり神事(夏祭り)などが年間を通じて斎行されている。
スポンサーリンク

神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

情報募集

例祭

情報募集

文化財

情報募集

建築

情報募集

神紋

情報募集

出典
公式サイト
http://www.hiyoshikami.jp/