闇之森八幡社 - 神社ファン

有名度

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闇之森八幡社

くらがりのもりはちまんしゃ

愛知県名古屋市中区正木二丁目6番18号

愛知県名古屋市中区正木二丁目6番18号

鳥居と拝殿

Jerry fish tkc(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

かんたんご利益

  • 仕事
  • 勝負
闇之森八幡社には

「仕事系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国家鎮護 殖産興業 武運長久 成功勝利

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

八幡系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

闇之森八幡社は愛知県名古屋市中区に鎮座する神社。御祭神は応神天皇、神功皇后、仁徳天皇の3柱をまつる。
社格は旧郷社。
創建は長寛年間(1163年-1165年)とされ、源為朝が石清水八幡宮を勧請したと伝えられている。境内には、為朝の甲冑を埋めたといわれる「鎧塚」が残り、創建期の伝承を今に伝えている。
室町時代の永正7年(1511年)には市部荘総鎮守とされ、永正11年(1515年)には鶴見直親や鬼頭源氏らによって社殿の重修が行われたと記録されている。その後、織田信長の父である織田信秀が古渡城を築いた際には、領内守護として崇敬を受け、天文11年(1543年)には社殿修築が行われた。
江戸時代に入ると、尾張藩初代藩主徳川義直の名古屋入府以降、尾張徳川家の厚い庇護を受け、享保9年(1725年)には6代藩主徳川綱友の命により社殿が改修された。さらに明治時代には、徳川義禮が石垣修築の献金を行ったと伝えられている。
社名の由来については、かつて神域に大木が鬱蒼と茂り、月の光も射さないほど暗かったことから「闇の森」と呼ばれるようになったとされる。大正時代には名古屋十名所のひとつに数えられ、都市化が進むなかにあっても、往時の景観と記憶を伝える存在として知られてきた。
また、境内の池にまつわる「片目の鮒」の伝説が伝えられ、病気の母のために片目の鮒を食べさせたところ快癒し、その後に鮒を池へ放ったという話が語り継がれている。
例祭は毎年10月14日・15日に行われ、現在も地域の節目となる祭礼として受け継がれている。
  • 郷社
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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%97%87%E4%B9%8B%E6%A3%AE%E5%85%AB%E5%B9%A1%E7%A4%BE