先賢碑 | 大井神社 - 神社ファン

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大井神社

おおいじんじゃ

静岡県島田市大井町2316

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先賢碑

更新日:2026年9月24日

島田の三賢人

大井恵比寿神社の近くに「先賢碑(せんけんひ)」があります。江戸時代の島田で大きな功績を残し、「島田の三賢人」とたたえられた代官・長谷川藤兵衛長勝、長春父子と、『駿河記』の著者・桑原藤泰の事跡を後世へ伝える石碑です。
江戸時代の島田宿は、大井川の氾濫によってたびたび水害に見舞われていました。島田代官を務めた長谷川藤兵衛長勝と長春の父子は、私財を投じて向谷や横井に水門を設け、宮川、中溝川、問屋川を掘るなど、大規模な治水・灌漑事業に尽力しました。
特に長勝は寛永20年(1643年)、大井川左岸の向谷に取水口を設け、大井川の水を島田の水田へ引く計画を立てたとされます。翌年から工事を進め、正保2年(1645年)には取水口や水路が完成。向谷川からさらに水路を分けることで、新田の開発にも大きく貢献しました。
先賢碑
もう一人の三賢人である桑原藤泰は、江戸時代後期の島田の人物で、黙斎とも称しました。駿河各地を実際に歩いて調査し、歴史や地理、寺社、村々の様子、文化や伝承などを丹念に調べ、地誌『駿河記』を著しました。
『駿河記』には駿河七郡の村々や宿場などが詳しく記録され、大井神社にまつわる伝承も残されています。現在、大井神社に伝わる由緒や江戸時代の島田を知るうえでも貴重な史料となっています。
先賢碑は、こうした3人の功績を後世へ伝えるため、大正13年(1924年)10月、当時の島田町長・置塩藤四郎らによって建立されました。
大井川とともに発展してきた島田にとって、水害から町や田畑を守った長谷川父子と、地域の歴史や文化を記録として後世に残した桑原藤泰は、異なる形で島田の礎を築いた人物です。境内にひっそりと立つ石碑ですが、島田の歴史を今に伝える大切な場所として、ぜひ足を止めてみてください。

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