腰掛石 | 三嶋大社 - 神社ファン

有名度

関脇

三嶋大社

みしまたいしゃ

静岡県三島市大宮町2-1-5

😞 🙁 😐 🙂 😄

腰掛石

更新日:2026年9月19日

頼朝と政子が休憩した石

参道をしばらく進んでいくと、右手側に椅子のような形をした珍しい石が置かれています。
この石の名前は「腰掛石(こしかけいし)」。
源頼朝が源氏再興を祈願して三嶋大社へ参詣した際、この石に腰を掛けて休息したと伝えられています。
腰掛石は二つ並んでおり、向かって左側の石に源頼朝、右側の石に妻の北条政子が腰を掛けたといわれています。
腰掛石
頼朝が三嶋大社を篤く崇敬していたことはよく知られていますが、境内で実際に腰を下ろしたと伝わる場所が残されているのは興味深いところです。
現在もこの石には腰を掛けることができ、多くの参拝者が実際に座って休憩する人気のスポットとなっています。頼朝や政子と同じ場所に腰を掛けながら、二人が生きた時代に思いをはせてみるのもおすすめです。

頼朝ゆかりの休息地

三嶋大社の腰掛石のほかにも、三島周辺には頼朝が三嶋大社へ参詣する途中に休息したと伝わる場所が残されています。
源氏再興を願って百日詣を行っていた頃、頼朝は現在の伊豆の国市にあたる韮山の蛭ヶ小島で流人生活を送っていました。
三島市にも、頼朝が源氏再興を祈願して三嶋大社へ百日間参詣し、その往復の途中で生まれたとされる数多くの伝承が残されています。
そのひとつが、三嶋大社から約1キロの場所に鎮座する「間眠神社(まどろみじんじゃ)」です。
間眠神社には、頼朝が三嶋大社へ参詣する途中、松の下でまどろんだという伝承があります。この逸話が「間眠神社」という名前の由来になったともいわれています。
間眠神社あばさー (Wikipedia パブリック・ドメイン)
境内には横になれるほど平たい大きな石も残されており、頼朝がこの石に腰を掛けたとも、横になって休んだとも伝えられています。
さらに、間眠神社から三嶋大社方面へ進んだ先にある「法華寺」にも、頼朝が腰を掛けたと伝わる腰掛石が残されています。
三嶋大社から間眠神社までは約1キロ、徒歩で12分ほど。法華寺は三嶋大社から約550メートル、徒歩7分ほどの場所にあります。
交通網が整備されていなかった時代、頼朝が百日にわたって三嶋大社への参詣を続けたと考えると、途中に残る休息の伝承もより身近に感じられます。
三嶋大社の腰掛石だけでなく、間眠神社や法華寺にも足を延ばし、頼朝が三嶋大社へ向かったと伝わる道をたどってみるのも面白い楽しみ方です。

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