有名度
関脇三嶋大社
みしまたいしゃ
静岡県三島市大宮町2-1-5
舞殿
更新日:2026年9月19日
様々な神事が行われる場所
三嶋大社の舞殿(ぶでん)は、御殿の正面に建つ三間四方の入母屋造、銅瓦葺の建物です。以前は祓殿(はらえでん)と呼ばれ、祈祷や神楽などが行われていました。その後、舞を奉納するようになったことから舞殿と呼ばれるようになり、現在も年間を通して様々な神事や奉納行事の舞台となっています。
1月7日の田祭をはじめ、2月3日の節分祭では福男による豆まきが行われます。さらに同日夕刻の追儺祭に続いて行われる鳴弦式では、舞殿に神籬を立て、弓箭八幡大神・三嶋大神の神霊を招き、弓の弦を鳴らして邪悪を祓います。

嘉永7年(1854)11月に発生した東海地震によって三嶋大社の建造物は大きな被害を受けました。その後、当時の神主・矢田部盛治が境内の復興を進め、本殿・幣殿・拝殿に続いて、舞殿は慶応3年(1867)に落成しました。
その後も地震による被害を受け、大正12年(1923)の関東大震災後と、昭和5年(1930)の北伊豆地震後に補修されています。さらに令和2年(2020)には耐震補強工事に加え、屋根の葺き替えや塗装工事が行われました。
昭和41年(1966)2月7日には、神門とともに「三嶋大社 舞殿、神門及びそれに属する彫刻」として三島市指定有形文化財に指定されています。

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四面に施された彫刻が素晴らしい
舞殿でもう一つ注目していただきたいのが、建物の四方を巡る精巧な彫刻です。御殿や神門と同様に、舞殿にも伊豆の名工・小沢半兵衛、希道父子一派による彫刻が施されています。その題材となっているのが、中国に伝わる親孝行の物語「二十四孝(にじゅうしこう)」です。

舞殿では、この24の物語が建物そのものを取り囲むように彫られています。
欄間とその上にある小壁にそれぞれ1話ずつ配置され、1面につき3組6話、四面を合わせるとちょうど24話になります。一つの彫刻だけを見るのではなく、建物を一周することで二十四孝すべての物語を追えるようになっているのが大きな特徴です。
彫刻は東北から始まり、東面、南面(正面)、西面、北面の順に物語が展開します。そのため、彫刻を順番に見るなら舞殿を時計回りに一周するのがおすすめです。
舞殿は神事が行われる建物としてだけでなく、四面全体が一つの彫刻作品のようになっている点も見逃せません。御殿や神門の彫刻とあわせて見れば、江戸時代末期の三嶋大社再建に携わった彫工たちの仕事を境内の各所で見比べることができます。
参拝の際は正面だけで終わらせず、ぜひ舞殿をぐるりと一周して、24の物語が刻まれた彫刻を順番に見てみてください。
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