有名度
大関諏訪大社 上社前宮
すわたいしゃ かみしゃまえみや
長野県茅野市宮川2030
神長官守矢邸跡
更新日:2026年10月1日
かつて神長官を勤めた守矢氏の屋敷
前宮から車で5分、歩くと10分足らずの場所に、神長官守矢邸跡があります。守矢家の祖先は建御名方神が諏訪に入る前からこの地にいた土着の神といわれ、古代から明治時代の初めまで、諏訪大社上社の神長官という役職を代々勤めてきました。神長官は上社五官の筆頭として大祝を補佐し、上社で行われる数多くの神事を取り仕切るとともに、政務にも携わった重要な役職でした。特に守矢氏は、前宮の古い祭祀と深く関係するミシャグジを扱う役割を担っていました。
その守矢家がかつて暮らしていた屋敷地を見学することができます。敷地内には「神長官守矢史料館」を始めとした、市指定文化財の「神長守矢家祈祷殿」「神長官裏古墳」「神長官邸のみさく神境内社叢」、守矢家がお祀りする「御頭御社宮司総社」など多くの見どころがあり、当時の諏訪信仰の一端を垣間見ることができます。2021年には屋敷地の一部が「神長官守矢邸跡」として茅野市の史跡に指定されました。
Saigen Jiro(Wikipedia CC0)前宮で大祝や神長官、ミシャグジ、御頭祭などについて見た後に訪れると、前宮で行われていた古い祭祀をより深く知ることができます。
神長官が祈祷を行った「祈祷殿」
祈祷殿は神長官が祈祷するための建物です。かつての祈祷殿は明治時代に取り壊され、現在の祈祷殿は1887年頃に再建されたものとされています。1981年には「神長守矢家祈祷殿」として茅野市の有形文化財に指定されました。明治時代に世襲の神官職が廃止されるまでは、神長官が受け継ぐ神事の秘法は祈祷殿で一子相伝によって伝えられていました。
Saigen Jiro(Wikipedia CC0)中に立ち入ることはできませんが、神長官守矢氏が代々受け継いできた祈祷の舞台として、ぜひこちらの祈祷殿にも足を運んでみてください。
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御頭ミシャグジ神がお祀りされている社
守矢家敷地内の西南最上段に位置する場所には、ミシャグジをお祀りする「御頭御社宮司総社」が鎮座しています。守矢家でお祀りしているミシャグジは「御頭ミシャグジ」とも呼ばれ、諏訪地方各地に祀られたミシャグジを統率する存在とされ、諏訪地方のミシャグジ信仰の中枢として重んじられてきました。
ミシャグジは諏訪社の古い信仰に関わる神とされ、かつて神長官がその祭祀を司りました。中世の史料にも、前宮の御左口神を勧請することが神長の役割であったことを示す記述が残されています。
Saigen Jiro(Wikipedia CC0)前宮でたびたび登場するミシャグジと神長官守矢氏との関係を、実際の祭祀の場で見ることができる貴重な場所です。
守矢家祖先の墳墓
守矢家敷地内の南東に位置する小高い丘には、「神長官裏古墳」と呼ばれる古墳が存在します。東西径約9.5メートル、南北径約9メートルの円墳で、当初はさらに大きな古墳であったと考えられています。1924年に行われた調査では、木棺の破片や直刀、小刀子などが出土したとされています。
この古墳には守矢家に伝わる興味深い伝承があります。飛鳥時代に起きた丁未の乱後に諏訪へ逃れ、守矢氏に養子入りしたとされる物部守屋の次男・武麿の墓であると伝えられています。
Saigen Jiro(Wikipedia CC0)1977年には「神長官裏古墳」として茅野市の史跡に指定されました。
神長官守矢邸跡には、祈祷殿、御頭御社宮司総社、神長官裏古墳、そして守矢文書を収蔵する神長官守矢史料館など、上社の古い信仰を伝えるものが集中しています。前宮から車で5分、徒歩でも10分足らずの距離にあるため、前宮とあわせて訪れることをおすすめします。
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