前宮本殿 | 諏訪大社 上社前宮 - 神社ファン

有名度

大関

諏訪大社 上社前宮

すわたいしゃ かみしゃまえみや

長野県茅野市宮川2030

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前宮本殿

更新日:2026年10月1日

諏訪大社唯一の本殿

鳥居から300メートルほど坂を登った先、諏訪の街並みを見下ろせる山の中腹に前宮の拝所があり、その奥に本殿が鎮座しています。参拝は拝所から行います。
諏訪大社4社のなかで唯一本殿を有しており、本殿をもたない他の3社とはまた違った姿を見ることができます。
拝殿
現在の本殿は1932年(昭和7年)に造営されたものです。伊勢神宮から下賜された御用材を用いて建てられており、四方には御柱が建てられています。本殿の周囲には板塀が張り巡らされ、その手前に拝所が設けられています。
この場所には現在の本殿が造営される以前、「精進屋」と呼ばれる建物がありました。精進屋は上社最高位の神職であり、現人神とされた大祝が精進潔斎を行うための重要な場所でした。前宮を流れる水眼の清流で心身を清め、重要な神事に臨んだと伝えられています。
諏訪大社唯一の本殿Saigen Jiro(Wikipedia CC0)
華やかな社殿が建ち並ぶ本宮とは異なり、前宮本殿の周辺には水眼の清流や御柱、古い祭祀の痕跡が残されています。諏訪信仰の原初的な姿を感じられる、前宮を象徴する場所です。
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八坂刀売神の墳墓

板塀の合間から本殿の奥を見ると、神聖な一画が広がっています。
前宮では古くから建御名方神と、その妻である八坂刀売神が祀られてきたと伝えられ、本殿の奥に鎮まる場所は両神の墳墓と伝承されています。
この場所は古来より立ち入ることが固く禁じられ、侵すときは神罰があるとも伝えられてきました。現在も本殿の奥に静かに残されており、諏訪信仰発祥の地とされる前宮のなかでも、とりわけ神聖視されてきた場所です。
八坂刀売神の墳墓Saigen Jiro(Wikipedia CC0)

御祭神・ご利益

諏訪大社上社前宮の御祭神は八坂刀売神(やさかとめのかみ)です。建御名方神(たけみなかたのかみ)の妻とされています。
ただし『古事記』や『日本書紀』には八坂刀売神の記載はありません。諏訪地方を中心に信仰されてきた神様であると考えられます。
諏訪地方にはミシャグジ信仰をはじめ、建御名方神の御子神など、この地域に根差した独自の神々への信仰が数多く残されています。八坂刀売神もまた、こうした諏訪独自の信仰を知るうえで重要な神様です。
ご利益は「縁結び」や「家内安全」があるとされています。

精進屋が移築された「折橋子之社」

11932年(昭和7年)に現在の本殿が造営される以前、この場所には「精進屋」と呼ばれる建物がありました。
精進屋は大祝が精進潔斎を行った場所です。前宮を流れる水眼の清流で心身を清め、神事に臨むための重要な施設であり、現人神とされた大祝と前宮の祭祀を考えるうえでも重要な建物でした。
昭和7年、伊勢神宮から下賜された御用材を用いて現在の本殿が造営されることになり、それまであった精進屋は取り壊されました。しかし、その建材は失われたわけではありません。
前宮にあった精進屋Miyachi, Naokazu(Wikipedia パブリック・ドメイン)
茅野市北山の糸萱地区へ払い下げられ、折橋子之社の社殿を建てるために再利用されました。『糸萱区誌』によると、取り壊された精進屋の材料を使用し、諏訪大社の指導のもと、旧精進屋の外観を残す形で建てられたとされています。
折橋子之社は産土神として地域の人々に信仰されてきた神社です。御祭神の大国主神は、諏訪大社の御祭神である建御名方神の父神でもあります。
現在の前宮を訪れただけでは見ることのできない、かつての前宮の姿を伝える建物が別の土地で大切に守られていることも興味深いところです。折橋子之社は前宮から車で20分ほどの距離に位置しているため、ご興味のある方はこちらの神社にも訪れることをおすすめします。
現在の精進屋

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