鳩ケ嶺八幡宮 - 神社ファン

有名度

前頭

鳩ケ嶺八幡宮

はとがみねはちまんぐう

長野県飯田市八幡町1999

長野県飯田市八幡町1999

拝殿

Nankou Oronain(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

かんたんご利益

  • 仕事
  • 学業
  • 子供
鳩ケ嶺八幡宮には

「仕事系」「学業・技芸系」「子供系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

殖産興業 安産 教育

御祭神

主神

誉田別尊 ほんだわけのみこと
息長足姫命 おきながたらしひめのみこと
竹内宿禰命 たけうちのすくねのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

八幡系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

鳩ケ嶺八幡宮は長野県飯田市に鎮座する神社。御祭神は誉田別尊、息長足姫命、竹内宿禰命の3柱をまつる。
社格は旧県社。
当社は古く伊那郡伊賀良庄島田郷、現在の飯田市松尾に鎮座し、島田八幡宮と称されたという。伊那谷の名社として近郷に広く崇敬され、「八幡の八幡様」と呼ばれて親しまれてきた。中世の伊賀良庄は江馬北條氏が支配した地域で、山城国の石清水八幡宮を勧請して穴八幡として祀ったことが、当社の起こりとして語られている。一方で、建治3年(1277年)に島田郷の地頭である江馬氏が石清水八幡宮を勧請して創建したとする説明もある。その後、小笠原氏が建治3年(1277年)から弘安11年(1288年)までの間に、松尾城の北に社殿を造営して現在地へ遷座したとされる。小笠原氏の代々の崇敬のもとで、社前が冠婚の式などにも用いられ、領主の寄進と領内氏子の信奉によって修理営繕が重ねられてきたという。領主が毛利氏、京極氏、脇坂氏、堀氏へと移る中でも、当社への崇敬と祈願が続いたとされ、地域の鎮守としての位置づけが保たれてきた。社殿の再建について、拝殿は寛文2年(1662年)に再建されたとする。本殿は飯田市有形文化財に指定されている。また所蔵の木像誉田別尊像は昭和33年(1958年)に国の重要文化財に指定されたとされる。
祭事は歳旦祭(1月1日)や春季例大祭(4月第2土曜日の宵宮、4月第2日曜日の本宮)、秋季例大祭(9月最終日曜日の前日の宵宮、9月最終日曜日の本宮)などがある。
  • 県社
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神社詳細

公式URL

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文化財

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出典
公式サイト
https://hatogamine.org/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%A9%E3%83%B6%E5%B6%BA%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE
長野県神社庁
https://www.nagano-jinjacho.jp/