安布知神社 - 神社ファン

有名度

前頭

安布知神社

あふちじんじゃ

長野県下伊那郡阿智村大字駒馬字清坂2079

長野県下伊那郡阿智村大字駒馬字清坂2079

参道と大鳥居

濃間(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

安布知神社以外にも 新羅明神社 とも呼ばれます。


かんたんご利益

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」

です。
他に 「八幡系」 「祇園・須佐系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

安布知神社は長野県下伊那郡阿智村に鎮座する神社。御祭神は天思兼命、誉田別尊(八幡大神)、須佐之男命(新羅明神)の3柱をまつる。
社格は旧郷社。
社伝では、368年(仁徳天皇56年)に清坂で八華鏡を八意思兼命の霊代として拝祀し、「吾道大神宮」として創建されたことを起源とする。阿智村に鎮座する阿智神社とは古くから密接な関係があるとされ、鎮座地は古代東山道の「阿知駅」跡と推定される耕地を見下ろす斜面に位置するという。706年(慶雲3年)には八幡神として譽田別命を合祀し、その後は「よさか八幡」と呼ばれた時期があった。さらに1573年(天正元年)には近江国三井寺から新羅明神を合祀して新羅明神社と改称したとされ、江戸時代には徳川家光から新羅明神の名で朱印地10石が寄進され、将軍代替わりごとに朱印状が交付されたという。現在につながる社殿は、1671年(寛文11年)に再興されたとされ、本殿は覆屋の中に納められた三間社流造で、拝殿は1675年(延宝3年)に建立された。1690年(元禄3年)には参道入口に石の大鳥居が建てられたことも記されている。明治に入ると1872年(明治5年)に社名を安布知神社へ改めて村社となり、1932年(昭和7年)に郷社へ昇格した。
本殿は覆屋内の三間社流造で、梁行2間のうち前1間を外陣、後ろ1間を内陣とする構成を持ち、拝殿は桁行3間・梁行2間で周囲を格子戸や格子窓とし、屋根を入母屋造の妻入とする点が特徴で長野県指定の有形文化財(建造物)である。
境内のヒイラギは樹高約5mで樹齢推定約250年、サカキは高さ約11mで村内最大級とされ樹齢推定約100年とされ村の天然記念物に指定されている。
  • 郷社
スポンサーリンク

神社詳細

摂末社・境内社

情報募集

例祭

情報募集

文化財

情報募集

建築

本殿 三間社流造

神紋

情報募集

出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E5%B8%83%E7%9F%A5%E7%A5%9E%E7%A4%BE
長野県神社庁
https://www.nagano-jinjacho.jp/