天流水舎 | 諏訪大社 上社本宮 - 神社ファン

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大関

諏訪大社 上社本宮

すわたいしゃ かみしゃもとみや

長野県諏訪市大字中洲字宮山1

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天流水舎

更新日:2026年9月30日

雨乞いの逸話が残る「天流水舎」

神楽殿と清祓池の前には、屋根に煙突のようなものが付いた「天流水舎(てんりゅうすいしゃ)」が建っています。
天流水舎
俗に「お天水」とも呼ばれ、どんなに晴れた日でも雫が入り、御宝殿の軒から落ちる天滴とともに中の井戸に溜まると伝えられています。
この御天水には雨乞いにまつわる不思議な伝承があります。旱魃の際には御天水を青竹に入れて持ち帰り、雨乞いの神事を行うと必ず雨が降るとされました。
しかも、御天水を運ぶ途中で休むと、その場所で雨が降ってしまうといわれています。そのため、かつては若者たちが途中で止まらないよう、リレー方式で御天水を運んだそうです。
さらに、この御天水は天竜川の水源とも伝えられています。雨や水と深く結びついた、上社本宮でも特に神秘的な伝承が残る建物です。
天流水舎は文政12年(1829)に造営されました。桁行1間・梁間1間、切妻造・妻入で、屋根は銅板葺です。屋根の裏には御天水が通るえんとつがあります。
諏訪大社上社本宮 天流水舎のえんとつ
内部には床を張らず、地面を深く掘り下げた独特の構造となっています。柱や組物には江戸時代後期らしい意匠が施されています。
平成28年(2016)には国の重要文化財に指定されました。
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海苔産業との深い関わり

天流水舎の御天水は、雨乞いだけでなく、海苔産業に携わった人々からも篤い信仰を集めてきました。
諏訪地方と海苔産業との関わりは古く、諏訪地方の人々は冬の農閑期になると江戸・東京方面へ出稼ぎに向かい、海苔産業に携わりました。寒さに慣れた諏訪の人々は、海苔の採れる冬の時期の働き手として重宝されたといいます。
出稼ぎへ向かう人々は出発前に上社本宮へ参拝し、道中の安全や出稼ぎの安穏、商売繁昌を祈願しました。その際、天流水舎の御天水を竹筒に入れ、出稼ぎ先まで持参したと伝えられています。
御天水には、海苔にまつわる不思議な霊験も語り継がれています。
海苔が不作となった際、海苔ヒビの上から御天水を注いだところ、生海苔の色が良くなったといわれています。また、東京湾の水質が悪化して海苔が育たなくなった際には、御天水を海へ注いだところ海苔が豊作になったとも伝えられています。
こうした御天水への信仰と諏訪大神への崇敬を背景に、諏訪の海苔商人たちは「御湯花講」と呼ばれる信仰集団を組織しました。
海苔商人と上社本宮との深い結びつきは、現在の境内にもその痕跡を見ることができます。神楽殿には嘉永5年(1852)、江戸・大森の海苔商人たちが太々神楽を奉納したことを伝える大額が残され、昭和46年(1971)には御湯花講の創設120年を記念して、神恩報謝の碑と手水舎が寄進されています。
雨を願う人々から、遠く江戸・東京の海で働いた海苔商人まで。天流水舎に伝わる御天水は、諏訪大神の水に対する信仰が各地へ広がっていった歴史を今に伝えています。
海苔産業に携わる全国の人々から崇敬

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