御神渡り | 諏訪大社 上社本宮 - 神社ファン

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大関

諏訪大社 上社本宮

すわたいしゃ かみしゃもとみや

長野県諏訪市大字中洲字宮山1

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御神渡り

更新日:2026年9月30日

諏訪の七不思議のひとつ「御神渡り」

厳寒期の諏訪湖では、湖面が全面結氷した後、気温の変化によって氷が膨張と収縮を繰り返し、大きな亀裂が生じて氷が山脈のようにせり上がることがあります。
この神秘的な自然現象が「御神渡り(おみわたり)」です。
諏訪では古くから、諏訪大社上社の男神・建御名方神が、下社に鎮まる妃神・八坂刀売神のもとへ通われた際にできた道筋だと伝えられてきました。「諏訪の七不思議」のひとつにも数えられています。
御神渡り
御神渡りには「一の御渡り」「二の御渡り」があり、さらに東岸から現れて一の御渡り、二の御渡りと交差するものを「佐久(佐久新海)の御渡り」と呼びます。この3筋が現れると、八剱神社によって御渡り神事が行われ、「御神渡り」と認定されます。
神が湖へ降り立ったとされる諏訪湖の南側、上社側を「下座(くだりまし)」、湖を渡った神が陸へ上がったとされる北側、下社側を「上座(あがりまし)」と呼びます。
御神渡りの記録は非常に古く、室町時代以前まで遡ります。諏訪大社に伝わる『当社神幸記』には応永4年(1397)と嘉吉3年(1443)以降の記録があり、その後の八剱神社に伝わる記録などを合わせると、文献で確認されているだけでも約560年分に及びます。
自然現象をこれほど長期間にわたって観察し続けた記録は非常に貴重で、諏訪地方の信仰だけでなく、過去の気候を知るための資料としても注目されています。

八剱神社が受け継ぐ「御渡り神事」

御神渡りが現れた年には、諏訪市小和田に鎮座する八剱神社によって「御渡り神事(みわたりしんじ)」が執り行われます。
八剱神社は古くから御神渡りの拝観と神事を担ってきました。御渡り神事は昭和53年(1978)に諏訪市の無形民俗文化財に指定されています。
八剱神社 拝殿Alpharigid (Wikipedia CC 表示-継承 4.0)
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寒の入りを迎えると、八剱神社の宮司や氏子総代らが諏訪湖の観察を続け、湖面の状態を見守ります。
御神渡りが出現すると「拝観式」が行われ、湖面に現れた御渡りの筋を実際に確認します。一の御渡り、二の御渡り、佐久の御渡りを拝観し、それぞれの下座や上座などを確認して御神渡りを認定します。
ただし、御神渡りが現れても湖上の氷が安全とは限りません。亀裂や薄い氷によって落水する危険があるため、見学する場合は絶対に氷上へ立ち入らず、安全な湖岸から見る必要があります。
拝観式の後には八剱神社で奉告の神事が行われ、その年の御神渡りの状態を過去の記録と照らし合わせ、農作物の豊凶や世相、天候などを占います。
八剱神社には天和3年(1683)から明治期にかけての御神渡りを記録した「御渡帳」が伝えられています。
御渡帳には御渡りの上座・下座の地点だけでなく、翌年の農作物の吉凶、その年の気候、米や麦などの値段まで記録されています。長期間にわたる御神渡りと人々の暮らしを伝える貴重な歴史資料で、昭和49年(1974)には諏訪市の有形文化財に指定されています。
現在の占定では、明治6年(1873)以降の記録をまとめた「湖上御渡注進録」などとその年の御神渡りを照合し、過去の似た御渡りを探して一年の吉凶を占います。
諏訪湖に見える御神渡り
拝観によって確認された御神渡りの結果は「御渡注進状」にまとめられ、諏訪大社上社へ奉告されます。
一方、その年の気象条件によって御神渡りが現れなかった状態は「明けの海(あけのうみ)」と呼ばれます。
近年は暖冬などによって諏訪湖が全面結氷する機会が減り、「明けの海」となる年が多くなっています。
最後に御神渡りが認定されたのは平成30年(2018)です。令和8年(2026)は諏訪湖が一時全面結氷し、御神渡りの出現に期待が高まりましたが、氷のせり上がりには至らず、8季連続の「明けの海」となりました。
御神渡りが現れなかった年も、八剱神社ではその結果を記録し、神前へ奉告します。
御神渡りが現れた年だけでなく、「明けの海」の年も含めて湖を観察し、その結果を記録し続けることによって、諏訪湖と諏訪信仰の歴史が何世紀にもわたって現在まで受け継がれています。

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