本殿がない「諏訪造り」の社殿 | 諏訪大社 上社本宮 - 神社ファン

有名度

大関

諏訪大社 上社本宮

すわたいしゃ かみしゃもとみや

長野県諏訪市大字中洲字宮山1

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本殿がない「諏訪造り」の社殿

更新日:2026年9月30日

諏訪大社上社本宮の中心となるのが、幣拝殿、左右片拝殿、脇片拝殿からなる独特の社殿群です。
一般的な神社では拝殿の奥に本殿が建てられていますが、上社本宮には本殿がありません。神体山を拝する古い信仰の形を残しており、本殿を持たないことが本宮の大きな特徴となっています。
幣拝殿の前には石畳の斎庭(ゆにわ)が広がっています。斎庭は神事が行われる神聖な場所で、通常は参拝者が立ち入ることができません。
そのため、普段は斎庭を隔てて建つ拝所から幣拝殿を望み、参拝することになります。現在の拝所から見ると幣拝殿までは少し距離がありますが、その間に広がる斎庭も含めて本宮の祭祀空間となっています。

幣拝殿・左右片拝殿・脇片拝殿

斎庭の正面に建つのが幣拝殿です。拝殿の後方に幣殿が続き、その左右から片拝殿が延びています。
拝殿
正面から見て左側にあるのが右片拝殿、右側にあるのが左片拝殿です。左右片拝殿はいずれも切妻造りで、中央の幣拝殿を挟むように横へ長く延びています。
片拝殿
中央の拝殿正面には、屋根の中央が曲線を描きながらせり出す向唐破風が設けられています。左右へ水平に延びる片拝殿と、中央に大きく張り出した向唐破風の組み合わせは、上社本宮を代表する景観のひとつです。
脇片拝殿Saigen Jiro(Wikipedia CC0)
さらに山側には脇片拝殿が建っています。幣拝殿、左右片拝殿、脇片拝殿などが独特の配置を形成し、本殿を設けない本宮ならではの社殿構成を見ることができます。
こうした本殿を持たず、独特の配置で社殿を構える建築様式は「諏訪造り」と呼ばれます。上社本宮はその代表的な例で、社殿だけを見るのではなく、中央の幣拝殿、左右へ延びる片拝殿、その背後へと続く空間を一体として見ると、その特徴がよく分かります。

江戸時代末期に完成した現在の社殿

本宮の社殿は、長い歴史の中で何度も姿を変えてきました。
かつての本宮には極彩色の社殿が建っていましたが、天正10年(1582)、織田信長の軍勢による兵火で焼失しました。その後、天正12年(1584)に仮殿が造られ、元和3年(1617)には諏訪頼水によって社殿が再建されています。
現在見ることができる幣拝殿などは、それから約200年後に造営されたものです。
天保2年(1831)に工事が始まり、二代目立川和四郎富昌が次男の富種や地元神宮寺の宮大工・五左衛門新成らとともに造営を担当しました。8年もの歳月をかけ、天保9年(1838)に完成しています。
立川流は諏訪地方を中心に活躍した宮大工の流派で、精巧な彫刻を取り入れた華麗な社寺建築で知られています。上社本宮の社殿群はその代表的な建築のひとつです。
幣殿、拝殿、左右片拝殿、脇片拝殿はいずれも国の重要文化財に指定されており、本宮には江戸時代の優れた神社建築がまとまって残されています。
諏訪大社上社本宮 幣殿

江戸時代末期に完成した現在の社殿

幣拝殿を正面から見ると、まず目を引くのが大きく張り出した向唐破風です。
曲線を描く屋根の下には数多くの彫刻が施され、正面には龍や雲などを見ることができます。建物全体を眺めるだけでなく、唐破風の下へ目を向けると、木材を立体的に彫り込んだ立川流の装飾を確認できます。
左右の片拝殿にも彫刻が施されています。「笹に鶏」「粟穂に鶉」は特に知られた作品で、二代目立川和四郎富昌の技術を伝える彫刻です。
さらに拝殿下には「波と千鳥」が彫られています。波を大きくうねらせ、その間を千鳥が飛ぶ意匠で、立川家を象徴するほど得意とした題材ともいわれています。
幣拝殿を参拝するときは、中央の向唐破風だけでなく、左右片拝殿や拝殿下まで目を向けてみると、本宮の社殿に施された彫刻の豊かさを楽しむことができます。
拝殿の彫刻
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御祭神・ご利益

諏訪大社上社本宮の御祭神は建御名方神(たけみなかたのかみ)です。
建御名方神は大国主命の御子神で、『古事記』の国譲り神話に登場します。葦原中国の国譲りを迫るために遣わされた建御雷神に力比べを挑みますが敗れ、科野国の州羽海、現在の諏訪湖まで逃れたと記されています。
『古事記』では国譲り神話の中で敗れた神として描かれていますが、諏訪地方では古くから篤い信仰を集めてきました。農耕や狩猟に関わる神として信仰されるとともに、風を司る神としても崇敬されています。
また、狩猟では弓矢などの武具を用いることから武神としての性格も強まり、中世には武士から篤く信仰されるようになりました。鎌倉時代以降、諏訪信仰は武家社会との結びつきを深め、諏訪神を祀る神社が全国各地へ広がっていきました。
こうした信仰から、現在では勝負運や必勝祈願の御利益で知られるほか、古くからの農耕神として五穀豊穣などの御利益でも信仰されています。
本殿を持たず神体山を拝する独特の社殿と、その場所に祀られてきた建御名方神。建物と御祭神の両方を知ることで、上社本宮が一般的な神社とは異なる信仰の形を現在まで伝えていることが分かります。
タケミナカタ

旧幣拝殿を移築した「乙事諏訪神社」

現在の幣拝殿が完成する以前に本宮で使用されていた社殿は、現在も長野県富士見町に残されています。
乙事諏訪神社の幣拝殿は、元和3年(1617)に造営された上社本宮の旧幣拝殿を移築したものです。現在の本宮社殿が造営されたことに伴って乙事へ移され、かつての上社本宮の姿を現在に伝える貴重な建造物となっています。
乙事諏訪神社

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