式年造営御柱大祭 | 諏訪大社 上社本宮 - 神社ファン

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大関

諏訪大社 上社本宮

すわたいしゃ かみしゃもとみや

長野県諏訪市大字中洲字宮山1

式年造営御柱大祭

更新日:2025年7月7日

諏訪大社最大の神事

式年造営御柱大祭は、寅年と申年の6年ごとに行われる式年祭であり、諏訪大社最大の神事です。宝殿の造り替えと、社殿の四隅にある「御柱」と呼ばれる大木の建て替えが行われます。通称「御柱祭」とも呼ばれており、諏訪地方の6市町村21万人の氏子が参加する天下の大祭です。長野県指定無形民俗文化財に指定されています。 
歴史は古く、平安時代初期には御柱祭の記録が残されていると伝わります。武田信玄もこのお祭りには力を入れていたそうです。かつての御柱祭では宝殿や御柱の外にも、社殿から鳥居に至るまでの建物の建替えが行われていました。そのため、その年は元服式や結婚式、家の新築や増改築が禁じられ、葬式も仮埋葬に留めさせられることもあったそうです。
御柱祭は大きくは4月上旬の「山出し」と5月上旬の「里曳き」に分かれており、上社と下社は1週間の期間をおいて別々に行われます。
山出しは、神林で伐採された御柱を人の力のみで里へと運ぶ行事です。
上社の御柱8本は約25キロ離れた八ヶ岳の中腹御小屋山の社有林から切り出されたもので、樹齢150年から200年ほどの樅(もみ)の木が使用されます。上社御柱の特徴である「めどでこ」がつけられ、「よいさ、よいさ」の掛け声と共に綱置場から3日間かけて里へ曳いていきます。
山出しの最初の難所は「穴山の大曲」です。道路は狭く直角に屈折しており、大きい御柱をスムーズに通過させるのは至難の業なのだそうです。
上社の木落しC1815(Wikipedia パブリック・ドメイン)
2つ目の難所は「木落し」です。傾斜27度の坂を、大勢の若者をのせたまま一気に下ります。
宮川の川越しC1815 (Wikipedia パブリック・ドメイン)
最後の難所は「宮川の川越し」です。水温10度以下の冷たい川を御柱とともに渡ります。宮川を流れている雪解け水で洗い清めるという意味があるそうです。
山出しから約1か月後には「里曳き」が行われます。御柱は「よいさ」の掛け声と共に各宮へと向かい、その合間には騎馬行列や花笠踊り、長持ち行列、龍神の舞などの伝統芸能が披露されます。
建御柱C1815 (Wikipedia パブリック・ドメイン)
神社に曳きつけられた御柱は、境内にて柱の先端を切り落とす冠落としが行われた後、社殿の四隅に立てられます。

御柱が境内に建てられてから約1か月後の6月15日には宝殿遷座祭が執り行われ、御神宝や御神輿が新しく造営された宝殿に遷座されました。その後、神前にて祭りが滞りなく終わったことを奉告する「御柱祭終了奉告祭」が行われ、これをもって御柱祭の行事が終了することになります。

上社本宮の御柱

境内には、社殿を囲むように4本の御柱が立てられており、諏訪大社最大の特徴のひとつと言えます。
上社本宮の一之御柱
一之御柱は、北参道から入ってすぐ、目の前に立てられています。長さ17メートル、直径1.2メートル、重さはなんと10トンにも及ぶそうです。
境内の一番目立つ場所に立てられているため、多くの参拝客で賑わっていました。
上社本宮の二之御柱
二之御柱は表参道を入ってすぐの場所に立っています。長さは約16メートル、直径は1メートルほどの大きさです。入口御門と贄掛けの欅の間に立っており、こちらも多くの参拝者の方が足を止め御柱を見上げていました。
上社本宮の三之御柱
三之御柱と四之御柱は、通常では立ち入ることができない場所に立っているため、遥拝所から望むかたちとなります。三之御柱は出早社、四之御柱は勅願殿の隣から遥拝することができます。見落としてしまいがちなので、ご注意ください。
上社本宮の四之御柱

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