式年造営御柱大祭 | 諏訪大社 上社本宮 - 神社ファン

有名度

大関

諏訪大社 上社本宮

すわたいしゃ かみしゃもとみや

長野県諏訪市大字中洲字宮山1

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式年造営御柱大祭

更新日:2026年9月30日

諏訪大社最大の神事

「式年造営御柱大祭」は、七年目ごとの寅年と申年に行われる諏訪大社最大の神事です。一般には「御柱祭(おんばしらさい)」の名で広く知られています。
祭りでは、諏訪大社を構成する上社本宮・前宮、下社春宮・秋宮の四社それぞれの四隅に「御柱」と呼ばれる樅の大木を曳き建てます。その数は四社合わせて16本に及びます。
さらに御柱を建て替えるだけでなく、諏訪大神の御霊代を奉安する御宝殿の造営や調度品の新調も行われます。
諏訪地方一円から約20万人もの氏子が参加する、まさに地域を挙げて行われる大祭です。御柱祭の歴史は非常に古く、その起源は古代まで遡ります。延暦23年(804)、桓武天皇の時代からは信濃国一国を挙げて奉仕するようになったとされ、1200年以上にわたって続けられてきました。
戦国時代には武田信玄も御柱祭を重視し、祭典を盛大に行うためさまざまな手段を講じたことが記録に残されています。
かつての式年造営では御柱や宝殿だけでなく、社殿や鳥居など多くの建造物が造り替えられました。それほど大規模な祭事であったことから、御柱年には元服や結婚、家屋の新築・増改築などを控え、葬儀でも本葬を行わず仮埋葬とする習俗があったと伝えられています。
現在の御柱祭は、大きく4月上旬の「山出し」と5月上旬の「里曳き」に分けて行われます。 
諏訪大社上社本宮 御柱大祭  の切り出された木

人力だけで巨木を運ぶ「山出し」

御柱祭の大きな見どころとなるのが、山から御柱を里へと曳き出す「山出し」です。
上社と下社では御柱となる木を伐り出す山が異なります。
上社本宮・前宮に建てられる8本は、約25km離れた八ヶ岳山麓の御小屋山にある社有林から伐り出されます。一方、下社春宮・秋宮の8本は、霧ヶ峰高原に続く東俣の国有林から曳き出されます。
諏訪大社上社本宮 御柱大祭 上社の木落しC1815(Wikipedia パブリック・ドメイン)
現在は樅の木が御柱に使用され、大きなものでは長さ17m近く、重さ約13tにも達します。これほど巨大な御柱を車やコロを使わず、人の力だけで曳いていくことが御柱祭の大きな特徴です。一本の御柱を動かすために1000~2000人もの人々が力を合わせることもあります。
上社の御柱には、前後に「めどでこ」と呼ばれる長い棒が取り付けられます。氏子たちはめどでこに乗り、「よいさ、よいさ」の掛け声を響かせながら巨大な御柱を里へと曳いていきます。
上社の山出しでは、いくつもの難所が待ち受けています。
最初の難所として知られるのが「穴山の大曲」です。狭い道路が大きく屈曲しており、長大な御柱を方向転換させながら通過させなければなりません。
続いて待ち受けるのが、御柱祭を代表する場面のひとつ「木落し」です。
急斜面から巨大な御柱を一気に曳き落とす勇壮な行事で、上社では御柱に取り付けられためどでこにも氏子たちが乗り、御柱とともに坂を下ります。
そして山出しの終盤に行われるのが「宮川の川越し」です。
巨大な御柱を人々が曳きながら宮川を渡ります。冷たい川の中を御柱とともに進む姿は、木落しと並んで上社山出しを象徴する光景となっています。
諏訪大社上社本宮 御柱大祭 宮川の川越しC1815 (Wikipedia パブリック・ドメイン)

華やかな行列とともに御柱を運ぶ「里曳き」

山出しから約1か月後の5月上旬には「里曳き」が行われます。
山から里へと運ばれてきた御柱は、多くの氏子たちによってそれぞれの宮へと曳かれていきます。
勇壮な山出しとは雰囲気が変わり、里曳きでは騎馬行列や長持ち、笠踊りなど、さまざまな華やかな行列や芸能が祭りを彩ります。
そして御柱がそれぞれの宮へ曳き付けられると、「冠落し」が行われます。
冠落しでは御柱の先端を三角錐状に切り落とし、その後、いよいよ「建御柱」が行われます。
巨大な御柱は氏子たちの力によって少しずつ垂直に起こされ、社殿の四隅へと建てられます。
山から選び出された一本の樅の巨木が、伐採、山出し、里曳きを経て、最後に神社の御柱となる瞬間です。
諏訪大社上社本宮 御柱大祭 里曳き

御宝殿を造り替える「宝殿遷座祭」

御柱祭は、御柱を建てれば終わりではありません。
諏訪大社では寅年と申年の御柱祭ごとに、諏訪大神の御霊代を奉安する御宝殿を交互に造り替えます。
新しく完成した御宝殿へ御霊代を遷す重要な神事が「宝殿遷座祭」です。
上社では里曳きから約1か月後となる6月15日に宝殿遷座祭が行われます。下社では日程が異なり、里曳きの前夜に執り行われます。
このように御柱祭は、勇壮な木落しや建御柱だけを指す祭りではありません。
御柱となる木を選ぶところから始まり、伐採、山出し、里曳き、建御柱、そして御宝殿の造営と遷座へと続く、一連の式年造営そのものが「式年造営御柱大祭」です。
1200年以上にわたり受け継がれてきた諏訪大社最大の神事であり、諏訪地方の信仰と人々の結びつきを象徴する祭りです。
諏訪大社上社本宮 御柱大祭 建御柱C1815 (Wikipedia パブリック・ドメイン)
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上社本宮の御柱

上社本宮では、社殿を囲むように一之御柱から四之御柱まで4本の御柱が建てられています。
本宮の境内を歩いていると巨大な御柱を間近に見ることができ、諏訪大社ならではの境内景観を形づくる大きな特徴となっています。

最も大きな「一之御柱」と二之御柱

本宮で最も目につきやすいのが「一之御柱」です。
北参道から境内へ入ると正面近くにそびえ、長さは55尺、約16.7mにも及びます。四本の中でも最大の御柱で、その巨大さを間近で見ることができます。諏訪大社公式でも、本宮一之御柱を「長さ五十五尺」としています。
上社本宮の一之御柱
御柱は山から人の力によって曳かれてくるため、柱の表面にはその痕跡も残されています。特に曳き摺られた側は木肌が削られており、巨大な木を山から運んできた御柱祭の激しさを感じることができます。
「二之御柱」は南鳥居(二の鳥居)から境内へ入った先、入口御門と贄掛けの欅の近くに立っています。
一之御柱ほど目立つ場所ではありませんが、入口御門や樹齢約1000年と伝わる贄掛けの欅とともに見ることができ、南鳥居から本来の参拝順路を進む際にはぜひ注目したい御柱です。
上社本宮の二之御柱

神域に立つ三之御柱・四之御柱

一之御柱と二之御柱は間近で見ることができますが、「三之御柱」と「四之御柱」は通常立ち入ることのできない神域に建っています。
上社本宮の三之御柱
三之御柱は出早社の奥にある神苑に立っています。諏訪大社公式の境内案内でも、出早社の奥に三之御柱があることが紹介されています。
四之御柱も境内奥の神域に位置しているため、近くまで行くことはできません。
上社本宮の四之御柱
そのため三之御柱と四之御柱は、一之御柱や二之御柱のように間近から見上げるのではなく、境内に設けられた遥拝場所などから望む形となります。
本宮を訪れると一之御柱の巨大さに目を奪われがちですが、一之から四之まで4本すべてがそろって初めて本宮の御柱です。
境内を巡りながらそれぞれの位置を探してみると、4本の御柱が本宮の神域を囲むように建てられていることが分かり、諏訪大社独特の境内構成をより深く感じることができます。

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