有名度
前頭上位武水別神社
たけみずわけじんじゃ
長野県千曲市大字八幡3012
長野県千曲市大字八幡3012

Saigen Jiro(wikipedia CC0)
武水別神社以外にも 八幡宮 とも呼ばれます。
かんたんご利益
- 仕事
- 安全
武水別神社には
「仕事系」「安全系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
公
五穀豊穣 国家鎮護 国威宣揚 航海・交通安全
御祭神
公
主祭神
武水別大神 たけみずわけのおおかみ
相殿神
誉田別命 ほんだわけのみこと
相殿神
息長足比売命 おきながたらしひめのみこと
相殿神
比咩大神 ひめおおかみ
神社系統
この神社の主な系統は
「不明(1柱)」
です。他に 「八幡系」
も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
武水別神社は長野県千曲市に鎮座する神社。御祭神は武水別大神、誉田別命、息長足比売命、比咩大神の4柱をまつる。
社格は名神大社であり、旧県社、現在は別表神社。
創建年代は明らかではない。社伝では、第8代孝元天皇の御代に武水別大神を鎮斎したと伝えられる。平安時代に入ると、貞観8年(866)に武水別神が従二位を授けられ、翌貞観9年(867)には官社に列した。延長5年(927)成立の『延喜式神名帳』には、更級郡の名神大社として記載されている。
安和年間(968~970)には、石清水八幡宮から誉田別命、息長足比売命、比咩大神が勧請され、武水別大神とともに祀られるようになった。周辺には石清水八幡宮領の小谷荘が成立し、中世には八幡宮寺として祭祀が行われた。保元3年(1158)には小谷荘など石清水八幡宮寺領に関する官宣旨が出され、天福元年(1233)や応長元年(1311)の石清水文書にも小谷荘の名が残る。
建武2年(1335)の中先代の乱では、神官家の四宮氏が保科氏・関屋氏・夏目氏らとともに船山守護所を襲撃した。その後、四宮氏は鎮圧され、本八幡にあった社殿も焼失したと伝えられる。社殿はのちに現在地へ移されたとされ、応永3年(1396)には「更級郡小谷荘八幡神宮寺」の銘を持つ梵鐘が鋳造された。
戦国時代には上杉氏との関わりを示す記録が残る。天正3年(1575)、上杉謙信は更級八幡宮に願文を奉じ、北条氏政討伐を祈願した。天正12年(1584)頃には、上杉景勝が松田盛直に更級八幡宮の社領を宛行っている。
江戸時代の慶安元年(1648)、江戸幕府から朱印地200石を与えられた。文化7年(1810)には火災によって社殿を焼失し、天保8年(1837)には神主家が吉田家へ働きかけ、延喜式内社「武水別神社」の社号を得た。天保13年(1842)にも火災が発生し、本殿をはじめとする主要社殿が焼失した。
火災後に社殿の再建が進められ、本殿は諏訪の工匠・2代立川和四郎富昌が手掛け、嘉永3年(1850)に完成した。建坪は31坪余で、内外に彫刻が施されている。拝殿は立川和四郎の後見のもと峰村弥五郎が造営し、安政3年(1856)に完成した。一方、境内の摂社高良社は天保13年(1842)の火災を免れた建物で、室町時代後期の建築とされ、昭和50年(1975)に長野県宝に指定された。
明治元年(1868)の神仏分離に伴って神宮寺が廃絶し、それまで用いられていた八幡宮の名称から武水別神社へ復した。近代社格制度では郷社に列し、明治41年(1908)に県社へ昇格した。
武水別神社では、現在も大頭祭が毎年12月に行われている。5人の頭人が1年間にわたって準備や物忌を行い、新穀の餅などの御供を神前へ献納する祭礼である。昭和61年(1986)には「武水別神社の頭人行事」として、国の記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財に選択された。
社格は名神大社であり、旧県社、現在は別表神社。
創建年代は明らかではない。社伝では、第8代孝元天皇の御代に武水別大神を鎮斎したと伝えられる。平安時代に入ると、貞観8年(866)に武水別神が従二位を授けられ、翌貞観9年(867)には官社に列した。延長5年(927)成立の『延喜式神名帳』には、更級郡の名神大社として記載されている。
安和年間(968~970)には、石清水八幡宮から誉田別命、息長足比売命、比咩大神が勧請され、武水別大神とともに祀られるようになった。周辺には石清水八幡宮領の小谷荘が成立し、中世には八幡宮寺として祭祀が行われた。保元3年(1158)には小谷荘など石清水八幡宮寺領に関する官宣旨が出され、天福元年(1233)や応長元年(1311)の石清水文書にも小谷荘の名が残る。
建武2年(1335)の中先代の乱では、神官家の四宮氏が保科氏・関屋氏・夏目氏らとともに船山守護所を襲撃した。その後、四宮氏は鎮圧され、本八幡にあった社殿も焼失したと伝えられる。社殿はのちに現在地へ移されたとされ、応永3年(1396)には「更級郡小谷荘八幡神宮寺」の銘を持つ梵鐘が鋳造された。
戦国時代には上杉氏との関わりを示す記録が残る。天正3年(1575)、上杉謙信は更級八幡宮に願文を奉じ、北条氏政討伐を祈願した。天正12年(1584)頃には、上杉景勝が松田盛直に更級八幡宮の社領を宛行っている。
江戸時代の慶安元年(1648)、江戸幕府から朱印地200石を与えられた。文化7年(1810)には火災によって社殿を焼失し、天保8年(1837)には神主家が吉田家へ働きかけ、延喜式内社「武水別神社」の社号を得た。天保13年(1842)にも火災が発生し、本殿をはじめとする主要社殿が焼失した。
火災後に社殿の再建が進められ、本殿は諏訪の工匠・2代立川和四郎富昌が手掛け、嘉永3年(1850)に完成した。建坪は31坪余で、内外に彫刻が施されている。拝殿は立川和四郎の後見のもと峰村弥五郎が造営し、安政3年(1856)に完成した。一方、境内の摂社高良社は天保13年(1842)の火災を免れた建物で、室町時代後期の建築とされ、昭和50年(1975)に長野県宝に指定された。
明治元年(1868)の神仏分離に伴って神宮寺が廃絶し、それまで用いられていた八幡宮の名称から武水別神社へ復した。近代社格制度では郷社に列し、明治41年(1908)に県社へ昇格した。
武水別神社では、現在も大頭祭が毎年12月に行われている。5人の頭人が1年間にわたって準備や物忌を行い、新穀の餅などの御供を神前へ献納する祭礼である。昭和61年(1986)には「武水別神社の頭人行事」として、国の記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財に選択された。
スポンサーリンク
神社詳細
公式URL
摂末社・境内社
摂社 高良社
祭神不明末社 神武天皇社
祭神不明末社 疱瘡社
祭神不明末社 酒造租社
祭神不明末社 八剱社
祭神不明末社 宿祢社
祭神不明末社 駒形社
祭神不明末社 荒神社
祭神不明末社 十二神社
祭神不明末社 天神社
祭神不明末社 子安社
祭神不明末社 御嶽社
祭神不明末社 金刀比羅社
祭神不明末社 東照宮
祭神不明末社 妙義社
祭神不明末社 塞ノ神
祭神不明末社 道祖神
祭神不明末社 水神祠
祭神不明末社 山ノ神
祭神不明末社 秋葉社
祭神不明末社 鹿島社
祭神不明境外末社 斎の森神社
祭神不明例祭
歳旦祭 1月1日
御田植祭 1月5日
越年祭 1月15日
節分祭 2月節分の日
紀元節祭(建国記念祭) 2月11日
祈年祭 3月15日
初卯講祭 旧暦2月初卯ノ日
日岐目講社祭 4月中旬頃
春季祭 4月28日
大祓式 6月30日
柏葉祭 7月15日
八重注連祭 9月1日
仲秋祭 9月14日
例大祭 9月15日
秋季祭 9月24日
明治節祭 11月3日
釜清め神事 12月3日
大頭祭(新嘗祭) 12月10日~14日
天皇誕生祭 12月23日
大祓式・除夜祭 12月31日
月次祭 毎月1日、15日、28日
卯の日祭 卯の日
御田植祭 1月5日
越年祭 1月15日
節分祭 2月節分の日
紀元節祭(建国記念祭) 2月11日
祈年祭 3月15日
初卯講祭 旧暦2月初卯ノ日
日岐目講社祭 4月中旬頃
春季祭 4月28日
大祓式 6月30日
柏葉祭 7月15日
八重注連祭 9月1日
仲秋祭 9月14日
例大祭 9月15日
秋季祭 9月24日
明治節祭 11月3日
釜清め神事 12月3日
大頭祭(新嘗祭) 12月10日~14日
天皇誕生祭 12月23日
大祓式・除夜祭 12月31日
月次祭 毎月1日、15日、28日
卯の日祭 卯の日
文化財
武水別神社頭人行事
国 選択無形民俗文化財
文化財種別不明 昭和61年12月17日選択
文化財種別不明 昭和61年12月17日選択
武水別神社摂社高良社本殿
長野県 県宝
建造物 昭和50年7月21日指定
建造物 昭和50年7月21日指定
銅製釣燈籠
長野県 県宝
工芸品 昭和45年4月13日指定
工芸品 昭和45年4月13日指定
武水別神社社叢
長野県 天然記念物
文化財種別不明 昭和40年2月25日指定
文化財種別不明 昭和40年2月25日指定
武水別神社松田家館跡
長野県 史跡
文化財種別不明 平成18年4月20日指定
文化財種別不明 平成18年4月20日指定
武水別神社神官松田邸 13棟
千曲市 有形文化財
建造物 平成15年2月28日指定
建造物 平成15年2月28日指定
伎楽面 2面
千曲市 有形文化財
彫刻 昭和53年3月24日指定
彫刻 昭和53年3月24日指定
獅子面 1面
千曲市 有形文化財
彫刻 昭和53年3月24日指定
彫刻 昭和53年3月24日指定
金銅製六角釣燈篭
千曲市 有形文化財
工芸品 昭和48年3月15日指定
工芸品 昭和48年3月15日指定
建築
本殿 流造
神紋
情報募集
出典
公式サイト
https://takemizuwake.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A6%E6%B0%B4%E5%88%A5%E7%A5%9E%E7%A4%BE
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
長野県
https://www.pref.nagano.lg.jp/kyoiku/bunsho/bunka/rekishi/bunkazai.html
千曲市
https://www.city.chikuma.lg.jp/soshiki/rekishibunkazaicenter/rekishi_bunkazai/2/1875.html
長野県神社庁
https://www.nagano-jinjacho.jp/
https://takemizuwake.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A6%E6%B0%B4%E5%88%A5%E7%A5%9E%E7%A4%BE
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
長野県
https://www.pref.nagano.lg.jp/kyoiku/bunsho/bunka/rekishi/bunkazai.html
千曲市
https://www.city.chikuma.lg.jp/soshiki/rekishibunkazaicenter/rekishi_bunkazai/2/1875.html
長野県神社庁
https://www.nagano-jinjacho.jp/
