稚児の塔(戸隠古道) | 戸隠神社 中社 - 神社ファン

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大関

戸隠神社 中社

とがくしじんじゃ ちゅうしゃ

長野県長野市戸隠3506

稚児の塔(戸隠古道)

更新日:2025年7月5日

親孝行な子を偲んだ塔

中社と奥社を繋ぐ戸隠古道沿いには、苔むした石塔が3つ並んで立っている姿を見ることができます。
戸隠古道沿いに見える稚児の塔
長いあいだ雨風に晒されていたため、刻まれた文字は薄くなっていますが、おそらく中央の塔が「稚児の塔」だと思われます。親孝行な子を偲んで立てたと伝わる塔です。
戸隠に伝わる民話には、この稚児の塔に関係する話が語り継がれています。
昔、養子をもった一組の夫婦がおりました。妻が出かけて留守の日に、妻宛てに一通の手紙が届きました。夫は妻の浮気を疑っており、その手紙を怪しみましたが、自分は字が読めないので養子に読み上げるように頼んだそうです。手紙は浮気相手からの艶文で、事情を察した養子は夫婦仲が壊れることを心配し、ただの手紙のように読んだと言われています。その後、養子は若くして亡くなったそうです。その里に住んでいる人々はこの子の賢さをしのび供養塔を建立したと伝わります。これが稚児の塔です。
稚児の塔
この養子の行動は、親に孝行な子どもとして「孝子」と称されました。1685年に京都の朱子学者「藤井顧斎」によって編纂された、日本の孝子をまとめた「本朝孝子伝」にも載っている話になります。

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