熊野神社 安曇野市 - 神社ファン

有名度

前頭

熊野神社

くまのじんじゃ

長野県安曇野市三郷明盛字船道上3319

長野県安曇野市三郷明盛字船道上3319

拝殿

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かんたんご利益

  • 健康
  • 安全
熊野神社には

「健康系」「安全系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国土安泰 延命長寿 無病息災 海上安全

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

熊野系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

熊野神社は長野県安曇野市に鎮座する神社。御祭神は伊弉冊尊、速玉男命、泉津事解男命、素盞嗚命の4柱をまつる。
社格は旧郷社。
熊野神社の由緒は古く、社伝によれば白雉元年(650年)に熊野権現をこの地に勧請したのが始まりと伝えられる。その後、応永8年(1401年)には再度「熊野三社」を勧請したという記録がある。その際、この地域では仏教色を帯びた信仰形態もあったようで、本宮から来た僧侶が創建したとされる神宮寺には、十一面観世音菩薩の立像が安置されていたという。江戸時代には、社領として5石の安堵があったことが記録されており、当地では比較的重んじられた神社であったことがわかる。また、貞享3年(1686年)に起きた「貞享騒動」の際には、当社の境内で主導者たちが誓詞を交わしたという歴史的な事実も残されている。明治時代に入ると、1902年(明治35年)に村社から郷社へと社格が上がり、さらに1907年(明治40年)には近隣の八坂社を合祀、1923年(大正12年)には伏見稲荷の分祀も行われ、地域の信仰の中心としての役割が強化された。本殿は17世紀中期の建築とされ、三間社隅木入春日造の形式で、銅板葺の屋根を持つ。かつては柿葺きであったが現在は銅板に改められており、向拝の蟇股に社紋の抱茗荷、木鼻には象の彫刻が施されるなど、江戸期の神社建築の特色を伝えている。また、隣接する旧八坂社本殿も一間社流造の銅板葺で、地域では本殿に次ぐ古い建築とされ、共に安曇野市の有形文化財に指定されている。
例大祭は毎年8月の最終土曜・日曜日に行われ、船の形をした山車「お船」が曳かれる。山車は全長約13メートル、高さ約9メートルとされ、県下でも最大級の規模を誇る。
  • 郷社
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神社詳細

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%86%8A%E9%87%8E%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E5%AE%89%E6%9B%87%E9%87%8E%E5%B8%82)
長野県神社庁
https://www.nagano-jinjacho.jp/