甲斐国住吉神社 - 神社ファン

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甲斐国住吉神社

かいのくにすみよしじんじゃ

山梨県甲府市住吉一丁目一三ー一〇

山梨県甲府市住吉一丁目一三ー一〇

鳥居

あばさー(wikipedia パブリック・ドメイン)

かんたんご利益

  • 仕事
  • 子供
  • 安全
甲斐国住吉神社には

「仕事系」「子供系」「安全系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

航海安全の神 安産の神 殖産興業神

御祭神

底筒男命 そこつつのをのみこと
中筒男命 なかつつのをのみこと
表筒男命 うわつつのをのみこと
息長帯姫命(神功皇后) じんぐうこうごう

神社系統

この神社の主な系統は

住吉系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

甲斐国住吉神社は山梨県甲府市に鎮座する神社。御祭神は底筒男命、中筒男命、表筒男命、息長帯姫命(神功皇后)の4柱をまつる。
社格は旧村社。
この神社の起源は奈良時代にさかのぼる。人皇第四十五代聖武天皇の御代、天平年間(724年頃)に、当時の荒川の川辺にあった高畑村付近に鎮座したのが始まりであるとされる。その後、甲斐源氏の祖とされる武田太郎信義がこの地を拠点とした際、国の守護神、ならびに稲積の庄(一条郷)の氏神・産土神としてこの社を奉請し、社殿を建立したと伝えられる。武田氏は代々この社を守護し、信仰を篤くした。武田信義公自身も「有かたやけに住吉の神ませは猶しもたのむ代々のゆくすゑ」と詠んだといい、その後も武田家代々に渡って崇敬された。やがて戦国の混乱を経て武田家が衰退した後、領主が替わり、江戸時代初期には新たな城郭が築かれることになった。具体的には、浅野長政が旧甲府城の築城にあたって、文禄年間(1592~1595年頃)に現所在地である甲府市住吉(当時は畦村)へ神社を遷祀した。慶長11年(1606年)には社殿が再建された記録がある。だが元和年間に洪水によって社殿が損傷を受けたため、寛文8年(1668年)に再建され、これが現在に至る本殿・拝殿の基本となる構造である。
社殿は、寛文8年に再建された本殿および拝殿がその中心であり、本殿は市の有形文化財に指定されている。
  • 村社
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神社詳細

公式URL

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出典
公式サイト
http://www.kai-sumiyoshijinja.jp/index.html
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B2%E6%96%90%E5%9B%BD%E4%BD%8F%E5%90%89%E7%A5%9E%E7%A4%BE
山梨県神社庁
https://www.yamanashi-jinjacho.or.jp/