有名度
前頭上位福井神社
ふくいじんじゃ
福井県福井市大手3-16-1
福井県福井市大手3-16-1

藤谷良秀(wikipedia CC 表示-継承 4.0)
かんたんご利益
御祭神
松平慶永命 まつだいらよしながのみこと
神社系統
この神社の主な系統は
「不明(1柱)」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
福井神社は福井県福井市に鎮座する神社。御祭神は松平慶永命の1柱をまつる。
社格は旧別格官幣社で、現在は別表神社。
松平慶永は天保9年(1838)、11歳で越前松平家を継ぎ、第16代福井藩主となった。天保14年(1843)に初めて福井へ入国すると、藩主や大奥の生活費、家臣の俸禄を削減し、西洋科学技術の導入や産業政策を進めた。嘉永3年(1850)には福井城下に除痘館を設置し、安政2年(1855)には藩校明道館を開設した。橋本左内や後に由利公正となる三岡八郎を登用し、安政5年(1858)には熊本藩から横井小楠を招いた。
慶永は将軍徳川家定の継嗣問題で一橋慶喜を推したが、安政5年(1858)に隠居と謹慎を命じられた。文久2年(1862)4月に処分を解かれ、同年7月に幕府の政事総裁職へ就任し、徳川慶喜とともに文久の幕政改革を進めた。慶応3年(1867)には明治新政府の議定となり、民部卿、大蔵卿、大学別当兼侍読などを歴任した。明治3年(1870)7月にすべての公職を退き、明治23年(1890)6月2日に63歳で死去した。
昭和18年(1943)9月、福井城内に松平慶永を奉祀する福井神社が創建された。創建時の社殿は総檜造であったが、昭和20年(1945)7月の福井空襲で焼失した。
昭和29年(1954)、熊谷太三郎を会長とする奉賛会が社殿の再建に着手した。福井大学工学部建築学科の五十嵐直雄が設計を担当し、昭和32年(1957)に本殿、拝殿、摂社が完成した。昭和33年(1958)に大鳥居、昭和35年(1960)に宝物館、昭和40年(1965)に絵馬殿、昭和41年(1966)に社務所、昭和49年(1974)に松平春嶽公銅像、昭和59年(1984)に渡殿が造営された。平成2年(1990)6月2日には春嶽公100年祭、平成5年(1993)10月10日には鎮座50年式年大祭が斎行された。
再建された社殿は鉄筋コンクリート造で、コンクリート打ち放しの壁面、傾斜のない屋根、直線的な柱と梁で構成される。本殿には神明造を変形した意匠が採用され、大鳥居は貫を設けず、高さと幅、柱と梁の比率に黄金比を用いている。本殿、拝殿、恒道神社などの建築群は、2021年度にDOCOMOMO Japanの「日本におけるモダン・ムーブメントの建築」に選定された。例祭は毎年5月10日と10月10日に行われる。
社格は旧別格官幣社で、現在は別表神社。
松平慶永は天保9年(1838)、11歳で越前松平家を継ぎ、第16代福井藩主となった。天保14年(1843)に初めて福井へ入国すると、藩主や大奥の生活費、家臣の俸禄を削減し、西洋科学技術の導入や産業政策を進めた。嘉永3年(1850)には福井城下に除痘館を設置し、安政2年(1855)には藩校明道館を開設した。橋本左内や後に由利公正となる三岡八郎を登用し、安政5年(1858)には熊本藩から横井小楠を招いた。
慶永は将軍徳川家定の継嗣問題で一橋慶喜を推したが、安政5年(1858)に隠居と謹慎を命じられた。文久2年(1862)4月に処分を解かれ、同年7月に幕府の政事総裁職へ就任し、徳川慶喜とともに文久の幕政改革を進めた。慶応3年(1867)には明治新政府の議定となり、民部卿、大蔵卿、大学別当兼侍読などを歴任した。明治3年(1870)7月にすべての公職を退き、明治23年(1890)6月2日に63歳で死去した。
昭和18年(1943)9月、福井城内に松平慶永を奉祀する福井神社が創建された。創建時の社殿は総檜造であったが、昭和20年(1945)7月の福井空襲で焼失した。
昭和29年(1954)、熊谷太三郎を会長とする奉賛会が社殿の再建に着手した。福井大学工学部建築学科の五十嵐直雄が設計を担当し、昭和32年(1957)に本殿、拝殿、摂社が完成した。昭和33年(1958)に大鳥居、昭和35年(1960)に宝物館、昭和40年(1965)に絵馬殿、昭和41年(1966)に社務所、昭和49年(1974)に松平春嶽公銅像、昭和59年(1984)に渡殿が造営された。平成2年(1990)6月2日には春嶽公100年祭、平成5年(1993)10月10日には鎮座50年式年大祭が斎行された。
再建された社殿は鉄筋コンクリート造で、コンクリート打ち放しの壁面、傾斜のない屋根、直線的な柱と梁で構成される。本殿には神明造を変形した意匠が採用され、大鳥居は貫を設けず、高さと幅、柱と梁の比率に黄金比を用いている。本殿、拝殿、恒道神社などの建築群は、2021年度にDOCOMOMO Japanの「日本におけるモダン・ムーブメントの建築」に選定された。例祭は毎年5月10日と10月10日に行われる。
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