橋本左内 神社の神様 - 神社ファン

橋本左内

はしもとさない

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング4751位

  • その他

江戸 [1834年~1859年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 橋本左内とは?

    橋本左内(1834-1859)は江戸時代の人物。兄弟に陸軍軍医の常綱がいる。己の志について記した啓発録をわずか15歳で執筆するなど神童として知られており、弟子入りした緒方洪庵からは池中の蛟竜とその才能を称された。長じてからは藩主松平慶永に取り立てられ、書院番や侍読、御手元御用掛などを歴任する。また、洋書習学所を開設し積極的に西洋の学問や技術を取り入れ、藩政改革や開発にも取り組んだ。こうした活動の中で、左内は西郷隆盛と知り合い親交を結んだ。隆盛は左内を強く買っており、彼の手文庫の中には左内から送られてきた書状が保管されていたという。左内は慶永の右腕として幕府に尽くしてきたが、14代将軍を巡る将軍継嗣問題で井伊直弼ら率いる南紀派と対立。ついには安政の大獄により斬首刑となった。左内の墓は善慶寺(福井県福井市)に隣接する左内公園と回向院(東京都荒川区)の二カ所にある。 また、左内は護国神社(福井県福井市)に祀られている。その秀才にあやかって、ご利益は学業成就とされる。この神社では左内が自らの書箱に記したとされる、急流中底の柱即ち是大丈夫の心という言葉にあやかった大丈夫守というお守りが人気である。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    別称・異称

    橋本綱紀

    はしもとつなのり

    その他