松平春嶽
まつだいらしゅんがく
- 歴史的人物
- 男神・男性

福井市立郷土歴史博物館所蔵(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1003位
- 藩主(福井藩)
江戸~明治 [1828年~1890年]
松平春嶽とは?
松平春嶽(1828-1890)は江戸時代末期から明治時代にかけての人物。徳川斉匡を父に持ち、徳川家慶の従弟にあたる。幼い頃から聡明な人物として知られており、勉学に励むあまり大量の紙を消費ししたため父から羊と呼ばれたとの逸話が残るほどであった。また、人格者としても優れており、財政難に喘ぐ越前福井藩主に就任すると藩主手許金を削り、質素倹約に努めることでこれを乗り切ろうと行動した。この姿勢は家臣たちを感動させ、政務への協力と藩主としての教育に力を尽くしてもらう結果を導いたという。こうして行われた藩政改革は財政再建だけでなく、兵制の刷新および増強、殖産興業策の振興、教学の刷新、藩校の設立など多岐にわたり成功を収め、春嶽は幕末を代表する名君の一人として幕末四賢侯に数えられるようになった。黒船来航以降は幕政にも参加するようになり、倒幕派と佐幕派の間で調停に走り回ることになる。この様子は当時の狂歌に詠まれるほどで、春嶽の苦労が忍ばれる。維新後は新政府の一員として活動するが、やはりここでも調停役に駆り出され、1870年に一切の官職を辞してからは二度と政権に戻らなかったという。 春嶽は福井神社(福井県福井市)に祀られている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
松平慶永まつだいらよしなが
その他
