中根雪江
なかねゆきえ
- 歴史的人物
- 男神・男性
祭神ランキング4751位
- 藩士(福井藩)
江戸~明治 [1807年~1877年]
中根雪江とは?
中根雪江(1807-1877)は江戸時代末期~明治時代初期に活躍した武士。福井藩の上級武士である中根孫右衛門の長男。名は師質だが、通称として靱負≪ゆきえ≫と名乗るようになる。やがて雪江という漢字を当てるようになり転じてせっこうと呼称する場合もある。父孫右衛門から家督を継承すると江戸に出て平田篤胤から国学を学ぶ。松平春嶽が福井藩主に就任すると、当時は春嶽が11歳の若さであったために雪江が教育係に抜擢された。その後雪江は藩主春嶽の元参政として藩政改革に力を注ぎ、特に倹約の徹底から福井藩の財政窮乏の危機を救った。安政の大獄にて春嶽が藩主を退くと一時は雪江も藩政から退き隠遁生活をおくる。しかしその後春嶽が幕府の政治総裁として表舞台に復帰すると、公武合体を旨として活躍し第14代将軍徳川家茂の上洛の実現に貢献する。また、京にて坂本龍馬と会談した記録も残っている。明治新政府が樹立された後は新政府の要職に就いたが、徳川家への処遇に関して薩摩・長州と対立し翌年には罷免されている。 雪江は福井県福井市にある恒道神社に祭神として祀られている。恒道神社は福井神社の境内社であり、雪江と共に橋本左内、鈴木主税らも同時に祭神として祀られている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
中根雪江なかねせっこう
その他
中根師質なかえもろかた
その他
中根栄太郎なかねえいたろう
その他
中根靱負なかねゆきえ
その他

