柴田神社 - 神社ファン

有名度

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柴田神社

しばたじんじゃ

福井県福井市中央1-21-17

福井県福井市中央1-21-17

柴田神社境内

nnh(wikipedia パブリック・ドメイン)

かんたんご利益

  • 家庭
柴田神社には

「家庭系(有名)」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

夫婦・兄妹・家族・人と人(恋人など)との絆

御祭神

主祭神

柴田勝家公 しばたかついえこう

配祀

お市の方 おいちのかた
殉難武士 じゅんなんぶし

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

柴田神社は福井県福井市に鎮座する神社。御祭神は柴田勝家公、お市の方、殉難武士の3柱をまつる。
柴田神社の歴史は、北の庄城主として越前の地を治めた柴田勝家公の事績に深く結びついている。北の庄城は戦国期の重要拠点であり、天正期には勝家が織田家筆頭家老としてこの地を治めたが、本能寺の変後の政権争いでは羽柴秀吉との対立が激化し、北の庄城は激しい攻防の舞台となった。最終的に天正11年(1583年)、勝家とお市の方は落城の際に自害したと伝わり、この悲劇が後世に強く記憶されることとなった。その後、長らく柴田家を顕彰する神社は存在しなかったが、昭和に入ると歴史上の人物としての勝家公の評価が進み、ゆかりの地を整備して慰霊と顕彰の場をつくる機運が高まった。こうして昭和22年(1947年)、北の庄城跡に柴田神社が創建され、翌年の昭和23年(1948年)には戦災復興とともに社殿が再建され現在の基盤が整えられた。北の庄城跡は福井大空襲でも甚大な被害を受けたが、戦後の復興の象徴として当社が建立されたことは地域の歴史を語るうえで大きな意味を持つ。創建時には柴田家ゆかりの人物を包括的に祀る形が採られ、勝家のみならず三姉君や殉難武士も御祭神に加えられた点が特色である。これによって単なる歴史的顕彰の場ではなく、戦国史・地域史双方の記憶を継承する神社としての性格を備えるに至った。
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神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

摂社 三姉妹神社
茶々

江与
末社 稲荷神社
宇賀之魂神

例祭

歳旦祭 1月1日
厄神祭(瓶割行事) 1月8日・9日
左義長祭 1月15日
厄神祭(節分)・瓶割神事 2月3日
例祭 4月24日
夏越の大祓 6月30日
稲荷社祭 9月1日
秋祭 10月24日
年越の大祓・除夜祭 12月31日

文化財

情報募集

建築

本殿 三間社流造

神紋

情報募集

出典
公式サイト
http://www.sibatajinja.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%B4%E7%94%B0%E7%A5%9E%E7%A4%BE
福井県神社庁
https://www.jinja-fukui.jp/