英霊 神社の神様 - 神社ファン

英霊

えいれい

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  • 英霊とは?

    英霊(?-?)は死者の霊魂に対する尊称。特に明治以降の日本では、戦争や事変などで亡くなった人々の霊を敬って指す言葉として広く用いられるようになった。ただし、英霊は一柱の固有神や戦没者だけを意味する名称ではなく、本来は優れた人物や功労者などの霊を敬って呼ぶ言葉である。
    「英霊」という言葉が近代日本で広く知られるうえで影響を与えたのが、幕末の水戸藩士・藤田東湖の五言古詩『正気歌』である。東湖は、人が亡くなってもその英霊は滅びず、天地の間にあり続けるという趣旨を詠んだ。『正気歌』は尊王攘夷派の志士たちにも愛唱され、近代になると戦没者の霊を敬って「英霊」と呼ぶ用法が広まっていった。
    幕末から明治にかけては、倒幕運動や戊辰戦争などで亡くなった人々を祀る招魂祭が行われ、各地に招魂場や招魂社が設けられた。明治2年(1869)には東京九段に東京招魂社が創建され、明治12年(1879)に靖国神社へ改称された。その後、日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦など、国内外の戦争や事変で亡くなった人々も祭神として祀られるようになった。各地の招魂社の多くも、昭和14年(1939)に護国神社へと改称された。
    靖国神社や各地の護国神社では、それぞれの由緒や基準に基づく人々の霊が祭神として祀られている。英霊は戦没者と完全な同義語ではなく、祖先の霊を意味する祖霊や、死者の霊に関わる御霊とも、その言葉の意味や信仰上の位置づけは異なる。
    英霊は靖国神社(東京都千代田区)や全国各地の護国神社などで祭神として祀られている。靖国神社の遊就館をはじめ、護国神社の中には祭神の遺品や戦争に関する資料などを収蔵・展示しているところもある。

    エピソード

    一柱の神ではなく功労者の霊を表す英霊
    英霊は、特定の名前や姿を持つ一柱の神ではない。「英」には優れる、秀でるという意味があり、英霊は本来、優れた人物や功績を残した人物の霊を敬って呼ぶ言葉である。古くから存在する言葉だが、近代以降は国家や地域のために亡くなった人々、特に戦没者を指す用法が広く定着した。
    神社で祀られる英霊は一人とは限らず、数十柱、数百柱、さらに多数の霊を一緒に祀る場合がある。ただし、亡くなった人すべてを英霊と呼ぶわけではない。どの人物を祀るかは、それぞれの神社の創建目的、地域、歴史的経緯によって異なる。
    家の先祖を祀る祖霊信仰では、家族や一族を守る祖先として霊を祀る。これに対して英霊は、血縁を超えて社会や国家へ尽くした人物を公に顕彰し、その働きへ感謝する性格が強い。また、災いをもたらす霊を鎮める御霊神の信仰とも成立の目的が異なる。
    英霊を神として祀ることは、死者を悼むだけでなく、その功績を記憶し、後世へ伝える行為でもある。一方で、英霊という言葉の範囲や受け止め方は時代や立場によって異なるため、一つの定義だけですべての信仰を説明することはできない。

    出典・参考:『国史大辞典』「英霊」「招魂社」、國學院大學日本文化研究所編『神道事典』



    東京招魂社から靖国神社へ
    明治維新の前後には、国内各地で多くの人々が戦いによって亡くなった。明治政府は、戊辰戦争で新政府側として亡くなった人々の霊を慰め、その功績をたたえるために招魂祭を行った。「招魂」とは、亡くなった人の霊を招いて祭ることを意味する。
    明治2年(1869)、明治天皇の意向によって東京・九段に東京招魂社が創建された。初めは戊辰戦争の戦没者を中心に祀ったが、その後は明治以降の戦争や事変などで亡くなり、祭神として定められた人々が祀られるようになった。
    明治12年(1879)、東京招魂社は靖国神社へと改称された。「靖国」には国を安らかにするという意味が込められている。靖国神社では、祭神となった戦没者などを身分、階級、性別にかかわらず一柱の神として祀り、春と秋の例大祭をはじめとする祭祀を行っている。
    靖国神社は、すべての戦没者を一律に祀る施設ではない。祀られているのは、同社の由緒と祭神決定の経緯に基づいて合祀された人々である。また、東京招魂社の創建は日本における死者祭祀の始まりではなく、それ以前からあった招魂や人を神として祀る信仰を、近代国家の制度の中で再編したものと位置づけられる。

    出典・参考:靖国神社公式サイト「靖国神社の由緒」、国立国会図書館「靖国神社・招魂社関係資料」



    各地の招魂社から生まれた護国神社
    明治時代になると、東京招魂社だけでなく、各地にも戦没者を祀る招魂社が設けられた。地域出身者の霊を故郷で祀り、その死を悼むとともに、功績を後世へ伝えるための神社である。祀られる人々は、神社が所在する都道府県や旧藩、地域との関係に基づいて定められた。
    昭和14年(1939)、制度の整備によって、国の指定を受けた各地の招魂社は護国神社と改称された。護国神社という名称には、国を守って亡くなった人々を祀るという意味がある。現在も多くの都道府県に護国神社が鎮座し、それぞれの地域にゆかりを持つ戦没者などを英霊として祀っている。
    ただし、すべての護国神社が同じ祭神を祀っているわけではない。祀られる範囲、人数、対象となる戦争や殉職者は神社ごとに異なる。地域によっては、軍人や軍属だけでなく、従軍看護婦、学徒、開拓や公務の中で亡くなった人々などが祭神に含まれる場合もある。
    護国神社では例大祭や慰霊祭を行い、遺族だけでなく地域の人々が参列して感謝と平和を祈る。英霊は戦いを続けさせる神ではなく、それぞれの神社において、亡くなった人々の奉仕を記憶し、再び大きな犠牲を生まない平和を願う祭神として祀られている。

    出典・参考:國學院大學日本文化研究所編『神道事典』「招魂社・護国神社」、神社本庁『神社のいろは』



    祖霊や御霊とは異なる死者の祀り方
    日本では古くから、亡くなった人の霊を神として祀る信仰が行われてきた。しかし、英霊、祖霊、御霊は同じ意味ではない。誰の霊を、どのような目的で祀るかによって呼び方と信仰の性格が異なる。
    祖霊は、家族や一族の祖先の霊である。子孫から供養や祭祀を受け、家や地域を守る存在になると考えられてきた。これに対して英霊は、血縁関係ではなく、社会や国家のために尽くした功績によって公に祀られる霊を指すことが多い。
    御霊信仰は、不遇な死を遂げた人物の霊が疫病や災害を起こすと考え、祭祀によってその怒りを鎮め、守護神になってもらう信仰である。菅原道真や平将門などは、御霊信仰と結びついた人物として知られる。英霊の祭祀は、祟りを恐れて鎮めることよりも、功績をたたえ、感謝と慰霊を捧げることを中心とする。
    ただし、実際の死者祭祀は明確に分かれるとは限らない。地域の戦没者が家では祖霊として、地域社会では英霊として祀られることもある。英霊とは死者の種類そのものではなく、亡くなった人の働きをどのように記憶し、神として敬うかを表す呼び方なのである。

    出典・参考:國學院大學日本文化研究所編『神道事典』「祖霊信仰」「御霊信仰」、国立歴史民俗博物館「死者を祀る」



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    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    祀られている主な神社

    靖国神社
    (東京都千代田区九段北3丁目1-1)
    群馬縣護國神社
    (群馬県高崎市乗附町2000番地)
    京都霊山護国神社
    (京都府東山区清閑寺霊山町1)
    大阪護國神社
    (大阪府住之江区南加賀屋1-1-77)
    大分県護国神社
    (大分県大分市大字牧1371)