大阪護國神社 - 神社ファン

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大阪護國神社

おおさかごこくじんじゃ

大阪府大阪市住之江区南加賀屋1-1-77

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大阪府大阪市住之江区南加賀屋1-1-77

鳥居と拝殿

KENPEI(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

かんたんご利益

御祭神

大阪府出身ならびに縁故の殉国の英霊10万5千余柱 おおさかふしゅっしんならびにえんこのじゅんこくのえいれい10まん5せんよはしら

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

大阪護國神社は大阪府大阪市住之江区に鎮座する神社。御祭神は大阪府出身ならびに縁故の殉国の英霊10万5千余柱をまつる。
社格は別表神社
昭和12年(1937)に日中戦争が始まると、大阪府内で戦没者を恒久的に奉斎する神社の創建を求める動きが起こった。当時の大阪には戦没者の御霊を恒久的に奉斎する神社がなく、大阪府知事が奉賛会長に就任して造営が進められた。
昭和15年(1940)5月4日、内務大臣指定護國神社として大阪護國神社の鎮座祭が執り行われた。祭神には明治維新以降の大阪府出身者を中心とする戦没者が祀られた。当初は英霊を早く奉斎するため本殿が造営され、その後、本格的な社殿の建築が計画されたが、戦争の激化と終戦によって造営は中断した。
昭和20年(1945)の終戦後、連合国軍占領下で慰霊祭の禁止や神社名の変更を余儀なくされ、仁徳天皇を奉斎して「浪速宮」と改称した。昭和27年(1952)、サンフランシスコ平和条約の発効後に大阪護國神社の社名へ復した。
戦後しばらくは社殿の整備が進まなかったが、昭和35年(1960)に造営奉賛会が発足した。大阪府内の遺族や府民、官公界、財界などから協賛を受けて造営が進められ、昭和38年(1963)春に本殿や社務所などが竣工し、同年5月29日に本殿遷座祭が執り行われた。その後、鉄筋4階建ての住之江会館も完成し、遺族の福祉・厚生施設として利用された。
昭和45年(1970)7月15日には昭和天皇・香淳皇后が親拝し、昭和53年(1978)には当時の皇太子・皇太子妃であった上皇・上皇后が親拝した。
境内には本殿や拝殿のほか、仁徳天皇を祀る奉安殿があり、令和3年(2021)に「浪速宮」と改称された。相殿には東郷平八郎が遺髪とともに奉斎されている。このほか、大阪の師団・聯隊などが建立した慰霊碑21基、戦争遺児から奉納された母子像、特攻隊員を慰霊する特攻勇士の像があり、それぞれ縁のある日に慰霊祭が行われている。
春季例大祭は5月20日、秋季例大祭は10月20日に斎行され、遺族や戦友、崇敬者らが参列し、神楽「浦安の舞」が奉納される。8月14日・15日にはみたま祭が行われ、境内に数百灯の提灯が掲げられる。みたま祭は昭和40年(1965)、終戦20年を記念して始められた祭事である。また、年間を通して祭神の祥月命日に命日祭が斎行されている。
  • 別表神社
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神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

境内社 奉安殿
仁徳天皇
東郷平八郎元帥

例祭

歳旦祭・皇室安泰隆昌祈願祭 1月1日
崇敬者安泰隆昌祈願祭 1月2日
元始祭 1月3日
成人の日祭 1月成人の日
古神札焼納祭 1月15日
お神楽祈願祭 1月1日~3日
節分祭 節分の日
紀元祭 2月11日
仁徳天皇祭 2月15日
祈年祭 2月17日
春分の日祭 春分の日
昭和祭 4月29日
春季例大祭 5月20日
東郷祭 5月30日
夏越大祓式6月30日 
海の日祭 7月21日
献灯みたままつり 8月14日・15日
英霊感謝祭 8月15日
秋分の日祭 秋分の日
秋季例大祭 10月20日
新嘗祭 11月23日
七五三詣 11月中
天長祭 12月23日
年越大祓式 12月31日
除夜祭 12月31日

文化財

情報募集

建築

情報募集

神紋

情報募集

出典
公式サイト
http://www.osakagokoku.or.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%98%AA%E8%AD%B7%E5%9C%8B%E7%A5%9E%E7%A4%BE
大阪府神社庁
https://www.osaka-jinjacho.jp/