大分県護国神社 - 神社ファン

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大分県護国神社

おおいたけんごこくじんじゃ

大分県大分市大字牧1371

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大分県大分市大字牧1371

拝殿

大分帰省中(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

かんたんご利益

御祭神

大分県縁故の殉国の英霊四万四千余柱 おおいたけんえんこのせんぼつしゃやく44000はしら

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

大分県護国神社は大分県大分市に鎮座する神社。御祭神は大分県縁故の殉国の英霊四万四千余柱の1柱をまつる。
社格は旧県社、現在は別表神社。
1875年(明治8年)10月18日、大分県初代県令の森下景端が松栄山に招魂社を創建した。佐賀の乱や台湾出兵、明治維新期の戦いで亡くなった人々を招魂して祀ったもので、創建当時の社殿は現在の北側展望台付近にあった。
1876年(明治9年)の神風連の乱、1877年(明治10年)の西南戦争で殉職した297柱が続いて祀られた。境内には西南戦争で戦死した軍人214柱の墓地があり、表参道百段の横には103柱を葬る警察官墓地も残されている。
1885年(明治18年)には拝殿などの増改築が行われ、1933年(昭和8年)6月には社殿の改築、参道の改修、神苑の拡張整備が実施された。日清戦争、日露戦争、シベリア出兵、第一次世界大戦などの戦没者も順次合祀された。
1939年(昭和14年)4月、社号を「大分縣護國神社」と改称し、終戦まで歴代の大分県知事が奉賛会長を務めた。その後も満州事変、日中戦争、太平洋戦争の戦没者が祀られ、祭神は大分県に縁故のある英霊4万4千余柱となった。
地元牧地区の地権者から境内地の寄付を受け、県民から寄せられた浄財と勤労奉仕によって新たな社殿が造営され、1943年(昭和18年)10月28日に現在地への遷座祭が執り行われた。
1947年(昭和22年)には社号を「豊霊宮」と改称し、1952年(昭和27年)9月に「大分縣護國神社」の社号に復した。1966年(昭和41年)10月22日には大分国民体育大会に臨席した昭和天皇と香淳皇后が親拝し、1977年(昭和52年)9月16日には皇太子・皇太子妃時代の上皇・上皇后両陛下が参拝した。
現在の社殿は1943年(昭和18年)に造営されたもので、本殿は流造である。境内には旧社地に創建当初の本殿があった場所を整備した招魂齋庭があり、合祀祭が行われている。また、大分県関係戦没者の慰霊塔、元歩兵第47聯隊戦没者を祀る「軍旗の碑」、大分県出身予科練戦没者の「鎮魂の碑」が建立され、九六式陸上攻撃機のプロペラも奉納されている。
境内には大分県の県木・県花である豊後梅が約200本植えられている。年末から3月末頃には高さ18.8mの大破魔矢と縦3m、横5mの大絵馬が設置される。
春季例大祭は4月9日、秋季例大祭は10月9日に斎行され、それぞれ前日の8日に前夜祭が行われる。8月13日から15日にはみたま祭、15日には平和祭、10月18日には創建記念日祭が斎行される。このほか祈年祭、夏越大祓式、新嘗祭、毎月1日の月次祭、毎日の命日祭などが行われている。
  • 別表神社
  • 県社
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神社詳細

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摂末社・境内社

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例祭

歳旦祭 1月1日
元始祭 1月3日
交通安全祈願祭 1月3日
古札焼納祭 1月15日
節分祭 2月3日
紀元祭 2月11日
祈年祭 2月17日
梅花祭 3月第1日曜
前夜祭 4月8日
春季例大祭 4月9日
昭和祭 4月29日
神梅収穫祭 6月初旬
御田植祭 6月中旬
夏越大祓式 6月30日
みたま祭夕祭 8月13日・14日・15日
前夜祭 10月8日
秋季例大祭 10月9日
創建記念日祭 10月18日
明治祭 11月3日
新嘗祭 11月23日
天長祭 12月23日
御煤払祭 12月25日
師走大祓式・除夜祭 12月31日
月次祭 毎月1日

文化財

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建築

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出典
公式サイト
http://www.oita-gokoku.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%88%86%E7%B8%A3%E8%AD%B7%E5%9C%8B%E7%A5%9E%E7%A4%BE