有名度
前頭上位大棚杉山神社
おおだなすぎやまじんじゃ
神奈川県横浜市都筑区中川6-1-1
神奈川県横浜市都筑区中川6-1-1

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かんたんご利益
- 厄除
大棚杉山神社には
「厄除・開運系」
のご利益があります。※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。
ご利益
想
除災招福 厄除け
御祭神
公
主祭神
五十猛命 いたけるのみこと
主祭神
日本武命 やまとたけるのみこと
配神
伊弉諾尊 いざなぎのみこと
配神
伊弉冊尊 いざなみのみこと
神社系統
この神社の主な系統は
「杉山系」
です。他に 「不明(2柱)」
も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
大棚杉山神社は神奈川県横浜市都筑区に鎮座する神社。御祭神は五十猛命、日本武命、伊弉諾尊、伊弉冊尊の4柱をまつる。
社格は式内社であり、旧郷社。
創建年代は明らかでない。『続日本後紀』には、承和5年(838)2月22日に武蔵国都筑郡の枌山神社が官幣に預けられたことが記され、承和15年(848)5月22日には武蔵国の杉山名神に従五位下が授けられた。延長5年(927)に完成した『延喜式神名帳』には武蔵国都筑郡の式内社として杉山神社が記載されており、大棚杉山神社はその論社の一社とされている。
社伝では、当初は旧大棚村の「杉の森」と呼ばれた丘の中腹に鎮座していたと伝えられる。その後、社殿の焼失により丘の麓へ遷座したという。天正19年(1591)の記録には祭田4段56歩を有していたことが記され、文禄3年(1594)には祭田が収公された。
江戸時代後期の『新編武蔵風土記稿』には、大棚村の東に鎮座し、本社は2間四方、拝殿は3間に2間で、いずれも南向きであったことが記される。例祭は10月2日に行われ、龍福寺が別当を務めた。
天保5年(1834)には、龍福寺の住僧・長伝が白川家へ神号を申請し、「杉山神社」の神号額が授けられた。嘉永5年(1852)には、大棚村の栗原恵吉らの依頼により「杉山神祠之碑」が建立され、日本武尊を祭神とすること、社殿の焼失と遷座、祭田の沿革、神号額を受けた経緯が刻まれた。
明治45年(1912)1月に中川町1084番地へ遷座し、昭和58年(1983)には港北ニュータウン土地区画整理事業に伴い吾妻山の仮社殿へ遷座した。平成4年(1992)に現在地が仮換地指定され、平成6年(1994)に木造社殿が完成した。同年10月13日には伊太祁曽神社から五十猛命の分霊を勧請し、日本武命とともに主祭神として奉斎した。平成7年(1995)には社務所や鳥居などの整備を終え、遷宮式典と落慶祝賀が行われた。
現在の社殿は平成6年(1994)建立で、境内には鳥居、社務所、手水舎のほか、嘉永5年(1852)建立の杉山神祠之碑が残る。祭事は元旦祭、例大祭、七五三祭などが行われ、例大祭では神輿が氏子地域を巡行する。
社格は式内社であり、旧郷社。
創建年代は明らかでない。『続日本後紀』には、承和5年(838)2月22日に武蔵国都筑郡の枌山神社が官幣に預けられたことが記され、承和15年(848)5月22日には武蔵国の杉山名神に従五位下が授けられた。延長5年(927)に完成した『延喜式神名帳』には武蔵国都筑郡の式内社として杉山神社が記載されており、大棚杉山神社はその論社の一社とされている。
社伝では、当初は旧大棚村の「杉の森」と呼ばれた丘の中腹に鎮座していたと伝えられる。その後、社殿の焼失により丘の麓へ遷座したという。天正19年(1591)の記録には祭田4段56歩を有していたことが記され、文禄3年(1594)には祭田が収公された。
江戸時代後期の『新編武蔵風土記稿』には、大棚村の東に鎮座し、本社は2間四方、拝殿は3間に2間で、いずれも南向きであったことが記される。例祭は10月2日に行われ、龍福寺が別当を務めた。
天保5年(1834)には、龍福寺の住僧・長伝が白川家へ神号を申請し、「杉山神社」の神号額が授けられた。嘉永5年(1852)には、大棚村の栗原恵吉らの依頼により「杉山神祠之碑」が建立され、日本武尊を祭神とすること、社殿の焼失と遷座、祭田の沿革、神号額を受けた経緯が刻まれた。
明治45年(1912)1月に中川町1084番地へ遷座し、昭和58年(1983)には港北ニュータウン土地区画整理事業に伴い吾妻山の仮社殿へ遷座した。平成4年(1992)に現在地が仮換地指定され、平成6年(1994)に木造社殿が完成した。同年10月13日には伊太祁曽神社から五十猛命の分霊を勧請し、日本武命とともに主祭神として奉斎した。平成7年(1995)には社務所や鳥居などの整備を終え、遷宮式典と落慶祝賀が行われた。
現在の社殿は平成6年(1994)建立で、境内には鳥居、社務所、手水舎のほか、嘉永5年(1852)建立の杉山神祠之碑が残る。祭事は元旦祭、例大祭、七五三祭などが行われ、例大祭では神輿が氏子地域を巡行する。
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神社詳細
公式URL
摂末社・境内社
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文化財
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建築
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神紋
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出典
公式サイト
http://sugiyamajinjya.com/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%89%E5%B1%B1%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E6%A8%AA%E6%B5%9C%E5%B8%82%E9%83%BD%E7%AD%91%E5%8C%BA%E4%B8%AD%E5%B7%9D)
神奈川県神社庁
https://www.kanagawa-jinja.or.jp/
http://sugiyamajinjya.com/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%89%E5%B1%B1%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E6%A8%AA%E6%B5%9C%E5%B8%82%E9%83%BD%E7%AD%91%E5%8C%BA%E4%B8%AD%E5%B7%9D)
神奈川県神社庁
https://www.kanagawa-jinja.or.jp/
