西久保八幡神社 - 神社ファン

有名度

前頭

西久保八幡神社

にしくぼはちまんじんじゃ

東京都港区虎ノ門5-10-14

東京都港区虎ノ門5-10-14

拝殿

江戸村のとくぞう(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

かんたんご利益

  • 仕事
  • 子供
  • 安全
  • 厄除
  • 家庭
  • 勝負
西久保八幡神社には

「仕事系」「子供系」「安全系」「厄除・開運系」「家庭系」「勝負系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国家鎮守 勝運守護 開運 厄除 海上安全 交通安全 家内安全 社内安全 五穀豊穣 商売繁盛 安産 成長守護

御祭神

息長帯比売命 ほんだわけのみこと
誉田別皇命 おきながたらしひめのみこと
帯中日子命 おきなかつひこのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

八幡系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

西久保八幡神社は東京都港区に鎮座する神社。御祭神は息長帯比売命、誉田別皇命、帯中日子命の3柱をまつる。
社格は旧郷社。
西久保八幡神社の創建は寛弘年間(1004~1012年)に遡ると伝えられ、源頼信(多田満仲の三男)が石清水八幡宮の分霊を請じて霞ヶ関付近(榎坂などとも称される地域)に創建したのが起源とされる。創建後、太田道灌が江戸城築城を進める際に、現在の社地へ遷されたという説が伝わっており、これにより神社が武蔵国・江戸城郭と地理的・政治的に密接な縁を持つようになった。江戸時代に入ると、関ヶ原の戦いに際して、徳川秀忠の正室である崇源院(お江)が軍勢の勝利と安全をこの八幡社に祈願し、報賽として社殿の造営を志した遺志が伝わる。その結果、寛永11年(1634年)に社殿が新築されたとされる記録も残されている。さらに、享保8年(1723年)や文化8年(1811年)の火災により焼失したことが記録され、文政元年(1818年)に再建されたという史実も確認される。
明治以降、明治5年(1872年)に郷社に列せられ、神仏分離の影響を受けてかつての別当寺院「八幡山普門院」との関係も断たれたとされる。昭和20年(1945年)の東京大空襲によって社殿が焼失し、戦後、昭和28年(1953年)に檜造り社殿として復興されたという。さらに近年、令和時代に至って境内整備や社殿の改修を行う「令和の御造替事業」が進められ、令和3年10月には本殿遷座祭が斎行された。
  • 郷社
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神社詳細

公式URL

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出典
公式サイト
http://www.hachimanjinja.or.jp/main/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E5%B9%A1%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD%E6%B8%AF%E5%8C%BA%E8%99%8E%E3%83%8E%E9%96%80)
東京都神社庁
http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/