鐵砲洲稲荷神社 - 神社ファン

有名度

前頭

鐵砲洲稲荷神社

てっぽうずいなりじんじゃ

東京都中央区湊1-6-7

東京都中央区湊1-6-7

拝殿

Tak1701d(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

鐵砲洲稲荷神社以外にも 湊稲荷 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 安全
鐵砲洲稲荷神社には

「安全系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

海上守護

御祭神

稚産霊神 わくむすびのかみ
豊受比売神 とようけひめのかみ
宇迦之御魂神 うがのみたまのかみ

神社系統

この神社の主な系統は

稲荷系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

鐵砲洲稲荷神社は東京都中央区に鎮座する神社。御祭神は稚産霊神、豊受比売神、宇迦之御魂神の3柱をまつる。
社格は旧郷社。
鐵砲洲稲荷神社の起源は平安時代初期にまで遡ると伝えられており、承和八年(841年)四月十五日、凶作と冷害が続いた折、荏原郡桜田村(江戸湾奥部にあった入江沿岸)に住む人々が、産土の国魂神を尊び「生成太神(いなりのおおかみ)」として祀ったことに始まるという社伝を持つ。当初は「菜畠稲荷」とも称されたとの記録も残る。時代が下ると、土地埋立てや都市化の進展と共に神社は何度か遷座を繰り返した。室町時代末期には、京橋地区一帯の土地生成を守護する産土神として崇められ、八丁堀(新京橋付近)に「八町堀稲荷神社」として鎮座する時期があった。江戸時代、寛永元年(1624年)には現在の鉄砲洲(湊)地区に御遷座され、当時存在していた八幡神社を摂社としたことが、現社地の基礎とされている。この遷座は、江戸湊における物流拠点として鉄砲洲が栄えた時期の変化と密接に結びついており、鉄砲洲は船舶の入津地として、貨物の陸揚げや問屋流通の玄関口であったため、神社は海上安全・航海守護の信仰を集めるようになった。また、江戸名所絵図や浮世絵にもその社と港風景が描かれ、『名所江戸百景 鉄砲洲稲荷橋湊神社』などで風光を伝えている。
明治元年(1868年)の築地外国人居留地開設に伴い、神社は替地として現在地(湊1-6-7)に遷座を命じられ、これにより、かつて湊沿岸にあった旧地から離れて現在の社地を得た。関東大震災(1923年)では被災したが、その後昭和期に復興整備がなされ、社殿・社務所・手水舎などが修築された。例大祭は毎年5月2日から5日まで行われ、三年に一度の本祭では多くの町神輿が巡行するなど、地域を挙げての祭礼が今も盛んに行われている。
  • 郷社
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神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

摂社 八幡神社
祭神不明
末社 鐵砲洲富士浅間神社
祭神不明

例祭

歳旦祭 1月1日
寒中水浴大会(寒中禊) 1月第2日曜日
節分祭追儺式 2月3日
針供養 2月8日
豊年祈願祭 2月17日
例大祭 5月2日~5日
夏越の大祓 6月30日
鐵砲洲富士浅間神社例祭 7月1日
摂社八幡神社例祭 8月14日
七五三祝祭 11月15日
生産感謝祭 11月23日
冬至開運祈願祭 12月冬至の日
師走の大祓 12月31日
除夜祭 12月31日

文化財

鐵砲洲稲荷神社
中央区 有形文化財
建造物 文化財指定日不明
鐵砲洲稲荷神社の富士塚
中央区 有形民俗文化財
文化財種別不明 文化財指定日不明
鐵砲洲稲荷神社の力石
中央区 有形民俗文化財
文化財種別不明 文化財指定日不明
鐵砲洲稲荷神社富士塚内の力石
中央区 有形民俗文化財
文化財種別不明 文化財指定日不明

建築

情報募集

神紋

情報募集

出典
公式サイト
http://www.teppozujinja.or.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%90%B5%E7%A0%B2%E6%B4%B2%E7%A8%B2%E8%8D%B7%E7%A5%9E%E7%A4%BE
中央区
https://www.city.chuo.lg.jp/bunkakankou/rekishi/bunkazai/index.html
東京都神社庁
http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/